検索

×
絞り込み:
124
カテゴリー
診療科
コーナー
解説文、目次
著者名
シリーズ

心電図と医学史:古代/ECG and medical history : Antiquity[Dr.ヒロの学び直し!心電図塾(第100回)]

登録日: 2026.06.05 最終更新日: 2026.06.05

お気に入りに登録する

皆さん,こんにちは。2022年4月から始まった『Dr.ヒロの学び直し! 心電図塾』ですが,つ,ついに記念すべき連載100回目を迎えました。100年以上の歴史をもつ『週刊 日本医事新報』なので,これまでにたくさんの素晴らしい先生方の連載もあったでしょう。ですから,100回でもまだまだ“若輩”かもしれない…そんな気がしなくもありません(笑)。

ボクが医師になって出会った最高の“戦友”,それは間違いなく心電図です。今までに世に送り出した著作物は“宝物”ですが,それを与えてくれたのも心電図なんです。まさに,“No ECG,No My Life!”です。

そんな記念すべきレクチャーに何を扱おうか,考えに考えました。救急や外来・入院に至るまで,現代の日常診療において,心電図なしには回りませんよね。誕生から125年以上の時を経て,なお“現役バリバリ”の心電図のルーツについて知りたくなりました。“心電計の父”であるアイントーベン(W. Einthoven)がノーベル生理学・医学賞を受賞したのが,1924年です。実は数年前から,その100周年を記念した散文を書きたいなぁ,なんて思っていました。

日々,いろいろなことを考えているつもりです。でも,考えすぎましたかね。もう2026年ですから,だいぶ経ってしまいました(笑)。それでも,少し毛色の変わった話をしようと考えたのです。ズバリ,『医学の歴史と心電図』―そんなテーマです。

最初は心電計の発明前後だけサラッと述べる予定でしたが,“前フリ”があまりに多すぎて…結局,最初からゆっくり述べていこう,という結論に至りました。それは,心電図の「起源」をたどるような“時空の旅”とも言えます。「なんだよ,“心電図屋”返上して急に“歴史ロマン”に目覚めたのか?」…ていうご批判も甘んじて受け入れましょう(笑)。

心電図の歴史は,人類が生命の本質(のひとつ)とも言える「電気」を理解しようとしてもがいた,哲学・宗教的ドグマと科学的真理のぶつかり合いなんじゃないかって,ボクは思うんです。医学史って本当に奥が深いんです。もちろん,1回でなんて話せません。

この連載も,100回を超えた今,少し自由なスタンスで,ときどきそういう話も混ぜ込んじゃえ―そんな魂胆です。ダメですか?人間の体内を流れる電気の発見からゆるゆると話しはじめ,最終的には,標準12誘導心電図が確立した20世紀半ばくらいまでご紹介できたらと思います。もちろん,本連載の主軸は心電図講義です―ボクがボクたる由縁も心電図を解説してナンボだと思いますので。連載中に“飛び石”的にときどき“歴史漫談”を入れ込むことにします。

そこで,記念すべき100回目では,古代の話をしてみます。いつもの堅苦しい心電図学習から離れて,少し歴史のお話にお付き合い下さい。では,スタート!

▶琥珀の不思議なパワー

すべてのはじまりは,紀元前(B.C.)6世紀の古代ギリシャにさかのぼります。哲学者タレスは,動物の毛皮でこすった琥珀が,ほこりや羽毛を引き寄せる不思議な現象*1に気づきました。琥珀というと,宝石・アクセサリーのイメージでしょうか。でも,太古の昔の樹脂が化石化したものですから,鉱物ではなく有機物なわけです。

現代であれば,電子の移動,つまり静電気(静電誘導)として理解できる現象です。でも,タレスをはじめ古代人は,むしろ擦ることで琥珀の内なる“魂”(psyche:プシュケー)が呼び起こされ,外界に干渉するようになったと考えたようです。なんとも神秘的な発想で,多分に哲学的な響きも感じます。“電気”と言うよりは,どちらかと言うと,“磁気”に近いイメージかも。

ボクが知る限り,これが電気現象に関する人類最古の記述です。もちろん,現代であれば,少し優秀な小学生でも,理屈まで説明できるかもしれません。ただ,歴史はそう単純ではなかったのです。2000年以上にわたって,この現象を“なぜ”とは考えずに“不思議”のままで人類の理解は足踏みすることになったのでした。


*1 小学生時代,一度は下敷きで自分や友達の頭を擦り,髪の毛を逆立てて遊んだことがあるはずです。

▶ガレノス医学が残したもの

医学も科学の一分野ですが,中世まで長きにわたって,ヨーロッパ医学を支配した1人の“巨匠”がいます。その名は,クラウディウス・ガレノスです。英語表記なのか,“Galen”と表記されることもありますが,きっと同じ人物かと思います。医学を学んだ皆さんなら,一度は耳にしたことがあるはずです。

ガレノスは,紀元(A.D.)129年に小アジアのペルガモン(現在のトルコ周辺)に誕生したとされています。ガレノスについては,石碑や墓碑,同時代の資料にも言及がなく,生涯について語られた古代文書もないそうです。ガレノス自身の膨大な著作に含まれる伝記的な記述から生涯が再構成されてきた,“謎の人物”ということになるでしょうか。裕福な家庭で哲学や数学を学び育ったようですが,父親が夢で医神アスクレピオスから信託を受け,医学の道を志したとのこと。そして,当時最大の医学拠点であったアレクサンドリアで学びました。

当時,人体解剖は制限されていたため,若き日のガレノスは,骨格標本や動物を通じて解剖学的知識を習得しました。さらにその後,剣闘士(グラディエーター)を担当する医師となり,傷口から見える人体内部の構造(臓器)を直接観察しながら治療経験を積みました。

そして,“世界の中心”ローマに活躍の場を移し,“名医”の名をほしいままにしました。賢帝マルクス・アウレリウスをはじめ,3人の皇帝の侍医にまで上りつめます。
ガレノスが常人と違ったのは,卓越した体系化の能力で,多岐にわたる分野で膨大な著作を残しています1)。いわゆる「ガレノス医学」で,中世まで文字通り医学界の“バイブル”となった書籍でした。

ガレノスの医学的な業績の一部を列挙します。

-四体液説(血液,黄胆汁,黒胆汁,粘液)と疾病
-動物解剖に基づく人体構造の推測
-“三大臓器”の調和と“精気”(自然・生命・動物)

この世界を構成する4つの元素(火,空気,土,水)と体液を対応させ,それらのバランスが乱れた結果が病気であるとしました。また,豚や猿,羊といった動物の解剖デモンストレーションを精力的に行い,各臓器の意義を語りました*2。現代の循環器分野でもPCIやカテーテルアブレーションなど,卓越した技術や知識,経験を実際に見せてもらうと,学ぶ者の何かを魅惑します。

「やっぱ,ガレノス先生,スゲェ~,ハンパないって」

古代人がそんな会話をしたかどうかはわかりませんが(笑),まぁ,そういうことなんです。

そして,何と言っても衝撃的なのが,人体の活動は,“精気”(pneuma:プネウマ)という,一種の生命エネルギーみたいなもので突き動かされているという理論です。これが,体内の“三大臓器”(肝臓・心臓・脳)で段階的に精製されていくわけです。消化管から吸収した「乳糜」が肝臓で血液に変わる際に,最初の“ナチュラル・プネウマ”(自然精気)が宿ります。次に,その血液が心臓へやってくると,肺からの空気と混ざりあい,ボッと“熱”が発生します。ガレノスのモデル体系では,心臓は“炉”の役割を担い,生命の根源である“バイタル・プネウマ”(生命精気)を生み,それが動脈拍動に象徴されているとしました*3

でも,ガレノスの理論では,後々になって登場するハーヴェイが実証した血液循環の概念はなく,プネウマ混じりの血液が,「潮の満ち引き」のように全身へ送られ,末梢各所で消費されて消えていくというモデル体系でした。つまり,血液は“使い捨て”だということですよね(後に大きな欠陥とされた点です)。

「ガレノスの静脈切開刀」の画像をご覧になった方もいるかもしれません。ガレノスは,あらゆる病気の治療に瀉血が有用であると考えました*4。ちなみに,1799年に亡くなった米国の初代大統領ジョージ・ワシントンの死因が,瀉血による失血死であったことは有名ですよね。これも,ガレノスの影響かな…?

もちろん,現代医学教育を受けた我々からすると,ガレノス医学は,明白に“デタラメ・嘘八百”だとわかります。でも,中世までの医学界の権威としてガレノスが君臨していたのは事実です。たった1人の人間がつくり上げた,哲学と医学,観察と想像の混交からなる一大医学体系が,1500年以上にわたって,誰にも疑われることがなく信じられてきたことはミステリーに感じてしまいます。

学者でも一般人でも,日常生活の中でガレノスによる説明と相容れない様々な現象を経験していたはずです。しかし,“なぜ”と考えたり,“ほころび”を指摘したりすることは許されないことでした。むしろ歴史を経る中で,人体の構造そのものが変化してきただけだ,と考えられることすらあったようです。

(実証不可能な)形而上学的概念が,不可侵のキリスト教・イスラム教神学にもピッタリはまった,という解説も目にしますが,どこまで本当に正しいのでしょうか。この辺は,政治史・宗教史とともにいろいろな時代背景を理解しながらの考察が必要になるんですよね。あいにくボクは専門外ですが…。

今回の結論,ガレノスは深い。畏敬の念すら抱かせるガレノス関連の書籍は多いので,ぜひご覧下さい。うちにも,本棚の肥やしにならないよう通読をめざしている本2)があります…。

今回はこれくらいにしておきましょうか。次回からは通常の心電図レクチャーに戻ります。でも,いや~100回!なんだか楽しくおしゃべりしちゃいました。お許しあれ。では,皆さん,また次回!


*2 実際に目の前で「見せる」以上に,説得力があることはなかったはず。この点が,ガレノスの理論を単なる“絵空事”ではなくした大きな要因だったと思います。
*3 さらに,脳で最高級の生命精気にまで昇華するというプロセスは省略します(興味ある方は独学を!)。
*4 病気の種類に加えて,患者の年齢や気質,季節や天候に基づいて,採血部位と量を定めた,複雑な体系です。

【文献】

1) 坂井建雄:日医史誌. 2021;67(4):413-22.

2) スーザン・P・マターン:ガレノス―西洋医学を支配したローマ帝国の医師. 澤井 直, 訳. 白水社, 2017.


1