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【識者の眼】「戦闘教義」中村利仁

登録日: 2026.06.08 最終更新日: 2026.06.08

中村利仁 (社会医療法人慈恵会聖ヶ丘病院内科)

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馬は大きい動物です。黒澤 明監督の名作映画『七人の侍』(1954年)は、40騎の野武士から村と収穫を守ろうとする百姓たちの姿を描いています。彼らは7人の浪人を雇い、その指揮のもとで訓練を受け、戦いに臨みます。劇中終盤、雨の中で展開される戦いは、映画史上でも有名なシーンとなりました。

武士と農民では勝負にならないようにも思えます。しかし、劇中でも言及されるように、戦国時代の農民は歩兵でもあり、時には独力で落ち武者狩りを行うことすらできる存在でした。そして、村の指揮官である勘兵衛(志村 喬)は、騎馬の機動力を削ぎ、歩兵である農民がなんとか対等に戦えるような仕掛けをつくり、その日に備えました。

騎馬兵の特徴は、その重量と高さ、そして速度にあります。たとえば映画『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』(2002年)では、騎馬隊の突撃を正面から見る場面が描かれています。映画館の大画面で観ると、かなりの迫力があります。

共和政ローマの軍団は、盾を構えた重装歩兵を主力として、これに騎兵を組み合わせることで、平原での会戦において数多くの勝利を収めました。時代がくだるにつれ、弓兵、軽騎兵、重装騎兵、砲兵など、様々な兵科が組み合わされ、戦場へ投入されるようになります。

第一次世界大戦後、米国海兵隊は存続の危機に直面しました。その役割を模索する中で発展したのが、艦砲射撃によって敵地の防御力を削いだ上で上陸を行う、水陸両用作戦です。第二次世界大戦では、日本軍にはこれに十分対抗するだけのリソースがなく、太平洋戦線で玉砕を重ねました。同様に、ノルマンディー上陸作戦でも、ドイツ軍は連合国軍の上陸を阻止できませんでした。

さらに、その延長線上にあるのが、後続部隊を遮断し、指揮中枢を無力化するエアランド・バトル・ドクトリン(ALB、1981年)です。ALBのようなバトル・ドクトリンは、日本では「戦闘教義」(松村 劭『戦争学』文藝春秋、1998年)と訳されます。これは、戦争に際して、編成・訓練・装備・陣形・運用の各方面における具体的原則を定めるルールです。

社会の大規模化・複雑化が進むと、分業化が進展するのは避けがたいように思えます。逆に、規模が縮小する中で無理に分業化を進めようとしても、必要な職種と人員ばかりが増え、減少する産出と釣り合わなくなります。しかし、何でもできるジェネラリストの養成には時間と機会が必要であり、十分な産出に結びつくまでには多くの「無駄」が生じます。対して分業化には、比較的短い訓練期間で人員を投入できるという利点があります。

分業にはデザインが必要です。誰が何をするのか(job description)、どのような比率で編成するのか(skill mix ratio)、養成と訓練にどれほどの時間が必要なのか、装備や設備を何種類どれだけ準備し、どこへ配置するのか、さらに、どう新陳代謝を進めるのか。これらを、あらかじめ定量的に決めておかなければなりません。

戦争でも災害でも、「事前に準備していたことしかできない」とよく言われますが、平時においても同様です。

日本では、既に多くの地域で高齢者人口すら減少局面に入りました。この20年ほど、医療では、医療機関レベルでも職種レベルでも、分業化と統合が同時進行しています。しかし、特に医師については、統合の失敗が顕著です。体系的な見直しが必要であると考えています。

「医師が足りない」という議論は頻繁に耳にします。しかし、実際に「何をする、どの診療科の医師が、地域に何人必要なのか」を具体的に論じている市町村は、決して多くはありません。

「それからBuild on your strength『自分の強さに立脚する』事は戦略の基本であり、どんな場合においても大事です」横山禎徳(社会システムデザイナー)『戦略、組織、そしてシステム』(東洋経済新報社)

中村利仁(社会医療法人慈恵会聖ヶ丘病院内科)[医療提供体制分業化

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