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【識者の眼】「研究の動機─ホームレス研究から学んだこと」岡村 毅

登録日: 2026.06.05 最終更新日: 2026.06.05

岡村 毅 (東京都健康長寿医療センター研究所研究副部長)

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「どうして先生はだれもしていない研究をしたがるのですか」と好奇心をもって質問されることが最近続いている。考えるところがあり、ここに書き残しておく。

私は2010年頃から、東京都・山谷でホームレスの方々の支援に関わり、研究にも取り組んできた。ところが当初、ホームレス研究は日本の学術誌では掲載が難しく、論文は米国精神医学会の機関誌などの海外誌に投稿していた。東京都の研究所でも、「税金を使って税金を払わない人の研究をしてよいのか」と面と向かって言われたことがある。まだ若かった私は、「困っている人がいるのだから助けるのは当然だ」としか言い返せなかった。

あれから15年が経ち、私も日本医療研究開発機構(AMED)や厚生労働科学研究の研究代表を務めるようになった。今ならもう少し違う説明ができる。

第一に、一般の精神医療の現場が穏やかな内海だとすれば、ホームレス支援の現場は荒々しい「外海」である。素直に診断を受け入れたくない人、精神疾患というラベルを貼られて支援されることを望まない人が、様々な事情の末にたどり着く場所でもある。外海に出ると、内海では見えなかった景色が見える。外海の経験は、医療者としての常識を何度も揺さぶり、結果として私自身を成長させてくれた。

第二に、荒々しい現場の支援者たちは未知の領域に恐れず飛び込む人たちである。山谷では未診断の統合失調症や発達障害と思われる人も多かったが、当時その理解はまだ十分ではなかった(森川すいめい先生の2011年の論文が嚆矢とされる)。それでも支援者たちは恐れず、目の前の困難に臨機応変に対応してきた。最近は企業と仕事をする機会も増えたが、組織の内部しか見ていない現場も多い。大企業の中だけでのんびりとすごす人にも、一度はこうした現場で冷や水を浴びる経験があってもよいのではないかと思う。

第三に、ホームレスの人々を「かわいそうな人」や「失敗した人」として理解しては、現実を見誤る。現場で出会う人々は、多くは生まれながらにして大きなハンデを背負いながら、それでも生き延びてきた人たちである。たとえるなら、マラソン大会で足を怪我し、2時間遅れてスタートした人が、それでも40キロ地点で他の走者に追いついてくるようなものだ。その中には驚くほど強く、賢い人も多い。

印象的なエピソードがある。私が初めて山谷の施設に関わった頃、館長を務めていた田辺 登さんという方がいた。ラガーマンで海外青年協力隊の経験もあり、山谷で困窮者支援に携わりながらラグビーも続けている好青年だった。あるとき彼が試合で足を負傷し、足を引きずりながら仕事をしていた。すると住民の1人がこう言ったという。「田辺さんよぉ、そんな足で、利用者に何かあったとき命を救えるのか」。その言葉を受け、彼はこの仕事をなめていた自分を恥じ、館長を辞めるまでラグビーを自粛した。

正面からそう言う人も、それを聞いて行動をすぐ変える人も、どちらも真剣に生きている。これが山谷の醍醐味である。

税金を払っているから偉いわけでもない。大きな研究所にいるから偉いわけでもない。研究の価値は、困難な状況にある人と向き合うところから生まれる。大きなハンデを背負って生きている人を支援し、そこから学ぶことで、人間の強さや善さを見つけることができる。研究とは、そうした経験を社会の叡智へと変えていく営みなのだ。

岡村 毅(東京都健康長寿医療センター研究所研究副部長)[ホームレス支援精神医療

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