本連載において以前の記事(No.5296)で、長谷川和夫先生が自身の認知症診断後に「ボクはやっと認知症のことがわかった」と記されたことに触れ、認知症を理解するには医学的知識だけでなく、当事者の内面に耳を傾けることが不可欠だと書いた。本稿はその1例として、当事者の語りに最新の医学的エビデンスが追いついた事例を紹介したい。
以前の記事でも著書を紹介した樋口直美さんは、うつ病と誤診され、6年にわたり抗うつ薬による治療に苦しんだ後、レビー小体型認知症(DLB)と診断された当事者である。10年以上前から著書やSNSを通じ、「DLBは薬に過敏な病気」と繰り返し発信してこられた。しかし、その訴えが医療現場へ十分に浸透しないもどかしさについても語ってこられた。
そこに、The Lancet Neurology誌に、各国専門家による大規模レビュー論文が掲載された1)。強く警告されているのは「神経遮断薬過敏症(neuroleptic hypersensitivity)」である。DLB患者に一部の抗精神病薬を投与すると、過鎮静、運動症状悪化、嚥下障害、脳卒中、転倒、感染症、死亡リスクなどが有意に上昇し、アルツハイマー型認知症と比較して高頻度に生じることが示されている。論文では、やむをえず使用する場合の選択肢としてクエチアピン、クロザピン、ピマバンセリン(本邦未承認)が挙げられているが、「extreme caution」のもと、専門医管理下でごく少量から開始すべきと強調されている。第一選択は、あくまで非薬物療法であり、環境調整、ケアの工夫、家族の関わり方などが中心となる。
在宅医療の現場では、施設や家族から「幻覚や妄想で落ちつかないので、薬でなんとかしてほしい」と相談を受けることが少なくない。しかし、抗精神病薬導入後に過鎮静となり、呼びかけへの反応が乏しくなった方や、食事動作が著しく低下した方に遭遇することもある。逆に、薬を減量したことで表情が戻り、家族との会話が再び成立するようになった場面も少なくない。
ここで考えたいのは、エビデンスと当事者の語りの関係である。臨床で抱いた違和感を仮説とし、研究によって検証し、エビデンスを構築する。これは医学が繰り返してきた基本的なプロセスである。ただ、認知症診療では、認知症に対する社会的スティグマも相まって、当事者の語りそのものが軽視されやすいという現実はないだろうか。樋口直美さんが10年以上前から発信してきた「薬への過敏性」も、長く十分な医学的検証の対象とされず、ご本人のもどかしさが続いてきた。今回の報告は、「当事者の語りにエビデンスが追いついた」と言える事例だったのではないか。認知症診療においても、当事者の声をひとつの仮説として真剣に受け止め、検証していく姿勢を改めて大切にしたい。
長谷川和夫先生が示された「当事者の内面に耳を傾ける」という姿勢が、抗精神病薬の処方という具体的な臨床場面において、いま改めて問われている。
【文献】
1) Kalia LV, et al:Lancet Neurol. 2025;24(12):1038-52.
内田直樹(医療法人すずらん会たろうクリニック院長)[レビー小体型認知症][神経遮断薬過敏症]