「南大西洋上を航行中のクルーズ船において、3名の死亡を含むハンタウイルス感染症の発生がWHOに報告された」とのニュースが連休中に飛び込んできた。「新型コロナウイルス感染症のような新たなウイルス発生か?」と不安を感じた人や、2020年1月の大型クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号が横浜港に入港した際の混乱を思い出し、二の舞になるのではないかと、ぞっとした人も多かったであろう。
SNSでは、たちまち「パンデミック再来、またか……」「意図的にウイルスが散布された」などという、不安や恐怖をあおる根拠のない書き込みもみられたようだ。一方で、新聞やテレビでは大々的に取り上げられてはいるものの、感染経路や疾病の重症度、国内への影響などについては比較的冷静に報道されており、現時点では極端な発言を繰り返す人物の登場もないように思える。
2026年5月10日時点で、クルーズ船はスペイン領カナリア諸島に到着し、乗客と一部乗員は検査を受けた上で、小型船や専用車両で空港へ移動し、各国が手配した航空機で帰国する予定と報道されている。受け入れや対応に関わった方々には、心から敬意を表したい。しかしその一方で、島内での抗議行動や住民の不安の声も伝えられている。科学的で丁寧な説明と、対応のあり方について、住民に対して粘り強く穏やかに伝えていくことが重要であろう。
翻って、仮にわが国にそのクルーズ船が入港するとしたら、どうなるであろうか。おそらく社会は騒然とし、受け入れをめぐって様々な意見が飛び交うことは容易に想像できる。
ダイヤモンド・プリンセス号の事例は、経験のない未知のウイルス感染症への対応であり、様々な混乱と困難があった。乗客の中には、残念ながら亡くなられた方もおられた。しかし、国内で感染者を受け入れた医療機関での二次感染はなく、乗客・乗員をきっかけに国内へウイルスが広がったという事実もなかった。
つまり、患者数が限られており、適切な感染管理が行われれば、感染拡大を防ぐことは可能である、と言うこともできる。ただし、そのためには、原因不明、あるいは国内では稀少で経験の少ない感染症が発生した場合に備え、受け入れ先の明確化や対応手順の整理を進めておく必要がある。平時から行政機関と医療機関が連携し,訓練を重ねておくことも欠かせない。
そして、何より重要なのは、科学的で丁寧な説明と対応方針を、関係者や市民に向けてわかりやすく、公的かつ真摯に伝えていくことである。現在、自治体レベルで検討が進められている「新型インフルエンザ等対策行動計画」などに照らし合わせて考えてみることも、その意味ではよい機会ではないかと思う。
ところで今、欧米やアジア各国で麻疹の再流行が大きな話題となっており、国内でも2026年に入ってから患者数の増加が続いている。4月26日までの累計患者数は436人(速報値)で、過去10年で最も多かった2019年の同時期(450人)にせまる勢いとも言われている。欧米では死亡を含む重症麻疹の増加が伝えられ、アジアでも「バングラデシュで麻疹が流行、3月以降220人以上の子どもが死亡」といった情報が報じられている。
ハンタウイルス感染症の大々的な報道の陰に隠れがちではあるが、このまま放置すれば、一般の人々にとっての麻疹罹患や重症化のリスクは、クルーズ船でのハンタウイルス感染症の比ではない。麻疹はワクチンで予防可能な感染症であるにもかかわらず、国内では接種率低下も指摘されている。
ハンタウイルス感染症が大きく注目されている今だからこそ、目の前にある現実的なリスクへの対応について、もっと現実感をもって考える必要があるのではないだろうか。
岡部信彦(川崎市健康安全研究所、川崎市立多摩病院小児科)[ハンタウイルス感染症][麻疹]