日常診療の中には,医療者が当たり前にやっていることであっても,法律的にはリスクのある行動が多くあります。そんな日常診療に潜む法的なリスクを,弁護士と医師のダブルライセンスを持つ著者が対話形式のCaseを通してわかりやすく解説した『日常診療に潜む法的リスク 適用シーンから学ぶ医療関連法』(越後純子著)から一部を抜粋・編集して紹介します。
これって,マタハラですか?─妊娠・出産に関する言動により,職場環境が害される
2023年4月および10月から改正された法律について,理解しているでしょうか。妊娠・出産に関連した従前通りの対応が,知らず知らずのうちにマタニティーハラスメント(以下,マタハラ)に該当してしまう可能性があります。
マタハラは,「職場において行われる上司・同僚からの言動(妊娠・出産・育児休業等の利用に関する言動)により,妊娠・出産した女性労働者や育児休業等を申出・取得した男女労働者等の就業環境が害されること」と定義されています。
いわゆるマタハラには,表1に示す2つの型があります。

Case 妊娠を報告しにくい環境を作り出している上司
専攻医Aは,現在妊娠6週。つわりの症状がひどいので,休みをとりたいと思っているが,まだ誰にも言えていない。指導医Bは,日頃から「若い女は,すぐ妊娠するから使えない」と公言しているが,周りにそれを注意する人はいない。
▶Focus Point
無意識にマタハラになりそうな雰囲気を作り出していないか
厚生労働省の指針によると,職場におけるマタハラとは「上司・同僚からの言動(妊娠・出産したこと,育児休業等の利用に関する言動)により,妊娠・出産した女性労働者や育児休業等を申出・取得した男女労働者の就業環境が害されること」とされています。また,「業務分担や安全配慮等の観点から,客観的にみて,業務上の必要性に基づく言動によるものはハラスメントには該当しません」と並記されています。
本Caseを改めてみてみると,指導医Bから妊娠した専攻医Aに対するハラスメントに該当するような直接の言動はありません。また,マタハラの対象者は,「妊娠・出産した女性労働者や育児休業等を申出・取得した男女労働者」に限定されています。そもそも指導医Bは,専攻医Aが妊娠していることは,まだ知らないので,厳密にはマタハラと認定することは難しいでしょう。しかし,指導医Bの言動により,職場全体がマタハラの温床になってしまいます。
● 就業環境改善整備は事業主の責務か
指導医Bの言動は,今後,妊娠・出産を控えている職員にとっては,非常に負担になり,職場全体に影響を及ぼすものです。そのため,厚生労働省は,そのような否定的な言動(直接本人に言わない場合も含め)が頻繁に行われる職場について,制度などを利用する本人だけでなく,全従業員に理解を深めてもらうとともに,制度などの利用や請求をしやすくするような工夫をすることが大切,と言及しています(注:単なる自らの意思の表明を除きます)。
したがって,事業主には,指導医Bのような言動を放任するのではなく,すべての職員が妊娠・出産などや関連制度利用に対する否定的言動を控えるように指導する機会を設けるとともに,制度そのものを利用しやすい環境づくりが求められます。
ちなみに,厚生労働省の指針やその解説資料では,事業主に対して,マタハラ・パタハラの原因や背景要因を解消するための措置が求められています。具体的には,「周囲の労働者の業務負担が増大することもあることから,周囲の労働者の業務負担等にも配慮すること」「妊娠等した労働者の側においても,制度等の利用ができるという知識を持つことや,周囲と円滑なコミュニケーションを図りながら自身の体調等に応じて適切に業務を遂行していくという意識を持つこと」とされています。医療現場では,人材がひっ迫し,必ずしも容易ではありませんが,事業主は自ら制度を整え,制度の利用者,その周囲の労働者に啓発を行い,三者が協力しつつ,職場環境を整備していくことが重要です。
なお,ハラスメント行為者へのペナルティは,就業規則などに懲戒などの形で記載されることが,厚生労働省の指針上定められていますので,それに合わせた就業規則の改定が行われている事業所が一般的です。そのため,ハラスメントと認定されてしまうと,懲戒対象となってしまうこともあります。今後も,いろいろな制度の改正が行われる可能性もありますので,制度の理解が足りずにハラスメントにならないよう,アップデートを含め,正しい理解が重要です。
まとめ
● マタハラの2類型を理解する
● 事業主は適切な環境整備を
● ハラスメントにかかわる情報のアップデートを怠ると知らぬ間に加害者に
(本稿は,越後純子著『日常診療に潜む法的リスク 適用シーンから学ぶ医療関連法』の一部を抜粋・編集したものです。)