かわぐちかいじのマンガ『沈黙の艦隊』(1988〜96年、講談社)は、潜水艦同士の緊迫した戦闘を描いていますが、第一次世界大戦で大々的に導入された独海軍のUボートの主たる攻撃対象は輸送船でした。目的は通商破壊であり、この構図は第二次世界大戦終結まで基本的に変わりません。
襲われる側も手を拱いていたわけではなく、駆逐艦等による護衛(いわゆる護送船団)を編成し、潜水艦を撃退・撃沈するための努力と工夫を重ねました。当時の緊張感は、独映画『Uボート』(ウォルフガング・ペーターゼン監督、1981年製作)にもよく描かれています(もちろんフィクションではありますが)。
一方、太平洋戦線では米国海軍の潜水艦が日本の商船を攻撃し、補給と生産力を徐々に削いでいきました。
輸送船は戦闘艦に比べて低速であり、護送船団は最も遅い船に合わせて航行せざるをえません。そのため、高速の駆逐艦のように敵の追跡を振り切りながら反復輸送を行うことは困難です。速度や単船当たりの輸送量が所与である以上、問題は護送船団の適正規模と護衛艦艇の比率にありました。
この最適解を導くために動員されたのが、英国ケンブリッジ大学出身の物理学者パトリック・ブラケット(1897〜1974年)です。彼はオペレーションズ・リサーチ(OR)という学問を確立し、第二次世界大戦における連合国の作戦効率向上に大きく寄与しました。戦後は物理学の研究に復帰し、ノーベル物理学賞を受賞しています。
経営学やビジネススクールでORを学ぶ際、最初に扱われるテーマのひとつが『待ち行列問題』です。今日では銀行の窓口やATM配置の最適化など、平時の効率化に応用されていますが、その原点は戦時下にありました。護送船団の荷役や修理に際し、多数の船舶に対して限られた時間と資源でどのように対応するか。この課題に対し、同じ資源投入であれば設備投資を選択・集中するのではなく、拠点を増やして並列処理するほうが全体効率は高まる、という結論が導かれました。
どの分野においても、最前線で働く人々の意欲と能力は重要です。優秀な人材を集め、装備を整え、訓練によって技能を高めることは不可欠でしょう。しかし、補給が不十分であればその力は発揮されず、また、戦力投入の費用対効果を見誤れば敗北に直結します。戦いの帰趨は、しばしばこうした見えにくい後方の設計によって左右されるのです。
「戦いしか知らないものは、戦いのための魔法しか覚えられない。私以外の一族のものであれば、この状況は打開できなかったでしょう。魔法が楽しいものだと、彼らは知らないでしょうから」一級魔法使いメトーデ〔山田鐘人(原作)、アベツカサ(作画)『葬送のフリーレン』(小学館)〕
中村利仁(社会医療法人慈恵会聖ヶ丘病院内科)[オペレーションズ・リサーチ][待ち行列問題]