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【識者の眼】「地域枠制度をめぐる裁判が問うもの─制度設計の合理性と持続可能性」薬師寺泰匡

登録日: 2026.04.09 最終更新日: 2026.04.16

薬師寺泰匡 (薬師寺慈恵病院院長)

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自治医科大学(以下、自治医大)の修学資金貸与制度をめぐる裁判が続いている。卒業生の医師が約3766万円の返還義務の無効確認を求め東京地裁に提訴し、2026年3月時点で、第5回口頭弁論まで進んでいる。時を同じくして、2026年1月には山梨県の地域枠制度における違約金条項について、甲府地裁が消費者契約法違反と認定し、差止請求を全面的に認める判決を言い渡した。両事案は同じ「地域枠」として語られがちだが、制度の構造は本質的に異なる。

自治医大の制度は「無担保・無審査で2300万円を貸与し、義務年限を全うすれば全額免除、離脱すれば貸与額と年利10%の遅延損害金を返還する」という一体構造である。対して山梨県の制度は、修学資金返還に加え842万円超の違約金を別途課すという二重構造であった。甲府地裁は「損害は修学資金返還と利息で十分補塡される」として違約金部分を無効としたが、これは皮肉にも自治医大方式の合理性を傍証する論拠にもなりうる。

自治医大訴訟の原告側は、労働基準法第16条(賠償予定の禁止)や消費者契約法違反を主張しているが、いずれも認められる可能性は高くないと考える。貸付主体(大学)と雇用主体(都道府県)が法的に別個である以上、返還請求を「違約金」と構成するのは難しい。また、「実損がない」という主張も、担保が「労働」である制度において、地域医療の担い手を失うこと自体を損害と評価すれば成立しにくい。

ただし、この裁判を「制度は正しい、原告が甘い」と結論づけることには躊躇がある。地域の救急医療を維持する困難さは、現場にいる者には自明である。へき地では1人の医師が総合医として勤務し、オンコールから逃れられない日々が続くこともある。その過酷さを18歳の受験生が十分理解して署名しているとは考えにくい。契約内容が開示されていても、当事者と同等の解像度で将来を見通すことは難しい。

制度が50年間、98.5%という高い履行率を維持してきたのは、多くの卒業生が地域に貢献してきたからにほかならない。この事実に依拠して制度の改善を怠ってきたとすれば、それは大学・都道府県・医療行政の側の課題である。都市部で働き方改革が進む中、へき地とのギャップは今後さらに拡大するだろう。

懸念されるのは、今回の裁判の影響によるモラルハザードである。条件緩和が見込まれれば、制度設計者が貸与額の引き下げや金利の引き上げ、あるいは採用の絞り込みで対応する可能性がある。その結果は「制度が優しくなる」ことではなく、次世代へのしわ寄せとなりかねない。本質的な問いは「地域医療の担い手をいかに確保し続けるか」である。経済的インセンティブだけで人を縛る設計には限界がある。

筆者が勤務する病院は地域枠医師の派遣先であり、総合診療科・救急科での研修が義務年限として認められる環境にある。同時に、働き方の改善も現場レベルで進めている。完全複数主治医制の導入により業務の集中を防ぎ、当直明けの完全休養を徹底している。制度に縛られた医師が疲弊して離脱するのではなく、キャリアとして地域医療を選び続けられる環境を整えることこそ、派遣先病院の責務ではないか。義務年限後も地域に残りたいと思える職場づくりと、専門研修としての質の担保。こうした現場の努力なくして、制度の持続可能性は確保できない。司法に問われる前に、受け入れる側が変わる必要がある。

薬師寺泰匡(薬師寺慈恵病院院長)[地域医療][制度設計][持続可能性]

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