外来で上気道感染症の患者に抗菌薬を処方するかどうか、迷った経験は多くの臨床医に共通するだろう。ウイルス性が疑われる場合でも、患者が強く希望することは少なくない。二次感染のリスクもゼロではない。こうした日々の判断の積み重ねが、実は地球規模の感染症対策と地続きになっている。それが薬剤耐性(antimicrobial resistance:AMR)という問題の、あまり語られない側面である。
AMRとは、細菌・ウイルス・真菌などの微生物が、本来有効であった抗微生物薬に対して耐性を獲得する現象を指す。2019年には、AMRに起因する感染症による直接死亡は約127万人に、関連死亡は約495万人にのぼると推計されている。現在の傾向が続けば、2050年には年間1000万人規模の死亡が生じる可能性も指摘されている。世界保健機関(WHO)がAMRを「グローバルヘルス上の脅威トップ10」のひとつに挙げるのも理解できる。しかし、こうした統計だけでは、AMRを自分ごととしてとらえにくいのも事実である。
AMRは、日本が国際的な議論をリードしてきた分野のひとつでもある。2016年、日本が議長国を務めたG7伊勢志摩サミットでは「国際保健のためのG7伊勢志摩ビジョン」が採択され、AMRへの多分野連携対応が明記された。同年のG7神戸保健大臣会合でもAMRは主要議題として扱われ、さらに国連総会におけるAMRに関するハイレベル会合の初の開催へとつながった。その後もAMRは、G7・G20で継続的に議論され、2024年9月には国連で8年ぶりとなるAMRに関するハイレベル会合が開催された。ここでは、2030年までにAMR関連死亡を10%削減するという具体的な目標が示されている。
臨床現場に目を向けると、AMRは既に身近な問題として現れはじめている。フルオロキノロン耐性大腸菌やESBL産生菌による尿路感染症は市中でもめずらしくなくなり、肺炎や尿路感染症、皮膚軟部組織感染症における治療選択肢は徐々に制約を受けつつある。さらに重要なのは、AMRが医療の枠内で完結しない点である。抗菌薬は農畜産分野でも使用されているため、環境中に放出された耐性菌や耐性遺伝子が水や土壌、食品を介してヒトへ伝播する。「ワンヘルス(one health)」という概念が示す通り、ヒト・動物・環境の健康は相互に関連しており、AMR対策の基盤となっている。
日本では現在、第2期となる「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン(2023-2027)」が進められており、抗菌薬使用の適正化が重要な柱となっている。制度面でも整備が進み、2018年度診療報酬改定で導入された「小児抗菌薬適正使用支援加算」の影響により、小児への抗菌薬使用は有意に減少した。さらに2024年度の改定では「抗菌薬適正使用体制加算」が新設され、外来診療においても処方内容の質が評価されるようになった。外来レベルでここまで具体的な処方評価を制度化している国は世界的に多くない。
AMR対策は、国際政治の場での議論と日々の外来での処方判断が直接つながっている領域である。そのことを頭の片隅に置きながら診療にあたる機会が、少しでも増えればと思う。
坂元晴香(聖路加国際大学公衆衛生大学院学際健康科学分野客員准教授)[薬剤耐性][抗菌薬適正使用]