Ⅰ.多発性硬化症(MS)
多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)は,中枢神経系(脳・脊髄・視神経)において空間的・時間的に多発する原因不明の脱髄疾患である。病態は,主にB細胞が主体となり再発・寛解をきたす炎症性脱髄に始まり,並行してミクログリアなどが関与する神経変性が加わり,加齢性変化などが交絡しつつ,病状が進行していくと考えられている。ウイルス感染などを契機として自己免疫機序が生じる可能性が議論されているが,その病理病態はいまだ不明確な点も多い。
MS発症時の臨床病型は,再発寛解型MS(relapsing-remitting MS:RRMS)および一次性進行型MS(primary-progressive MS:PPMS)が挙げられるが,RRMSがその大半を占める。無治療ではRRMSの大半(約8割)はいずれ,二次性進行型MS(secondary-progressive MS:SPMS)に移行する。SPMSの国際診断基準は策定されておらず,RRMSとSPMSの境界は不明確である。本稿ではRRMSの診断と治療を主体に取り扱う。
▶診断のポイント
MSの臨床定義は,1965年にSchumacherにより「空間的・時間的多発性を示す原因不明の中枢神経系脱髄疾患」と定められており,今日のMSの臨床像として確立されている。脱髄病変は,旧来は脳生検などにより病理学的に立証するか,電気生理学的に間接的に示すしかなかったが,MRIの台頭によりこれをT2強調画像の高信号病変(いわゆる「T2病変」)に置き換えることが提案され,McDonald診断基準の策定に至った。
McDonald診断基準における空間的多発性は,「典型的領域(脳室周囲,皮質or皮質直下,テント下,脊髄)のうち少なくとも2領域にT2病変が1個以上あること」が要件となっている。時間的多発性は,「基準時点と比較して新規のT2病変またはガドリニウム造影病変(or造影病変と非造影病変の混在)がある」または「髄液オリゴクローナルバンド陽性」のいずれかを満たすことが要件となっている。ただし,本診断基準は,「他疾患の十分な除外を行うこと,よりMSらしい症例へ適応すること,視神経脊髄炎スペクトラム障害(neuromyelitis optica spectrum disorder:NMOSD,後述)を適切に鑑別すること」などが重要視されており,診断の誤りが予後に直結することが原著に記されている1)。
なお,McDonald診断基準は早期診断・早期治療を行うために改訂が繰り返されており,2025年に2024年版が発表された。改良点としては,空間的多発性の要件に視神経が加わり計5領域となった点,時間的多発性の証明は必須ではなくなった点,MSに特異的な画像所見としてcentral vein signやparamagnetic rim lesionsが使用可能となった点などが挙げられる。これにより,典型的な臨床所見を認めれば,異なる4領域で典型的病変を認める症例や,典型的病変が1領域であってもcentral vein signまたはparamagnetic rim lesionsを認める症例など,従来の診断基準では満たしえなかった条件でMSが診断可能となり,診断のさらなる迅速化と治療開始の早期化が図られる形となった2)。
▶私の治療方針・処方の組み立て方
【急性期治療】
まずはステロイドパルス療法を1〜3クール施行し,治療効果が不良であれば血漿浄化療法(単純血漿交換療法)を選択する。ステロイドパルス療法は,神経障害の回復促進効果が示されているが,長期予後の改善効果は定かではないため,急性期治療後は,適切な慢性期治療につなげていく。
【慢性期治療】
わが国では,8種類の疾患修飾薬(disease-modifying drug:DMD)が使用可能であるが,①各薬剤の有効性,②安全性,③予後不良因子,④患者の意向,⑤挙児希望の有無などを考慮し,治療開始後も適切にモニタリングしていく。
①各薬剤の有効性は,RRMSに対するDMDのネットワークメタ解析の報告によると,わが国の使用可能薬では,ナタリズマブ(タイサブリⓇ)やオファツムマブ(ケシンプタⓇ)が最も高い治療効果を認め,フマル酸ジメチル(テクフィデラⓇ)やフィンゴリモド(ジレニアⓇ,イムセラⓇ)は中等度の治療効果を認め,グラチラマー酢酸塩(コパキソンⓇ)やIFN-β(アボネックスⓇ,ベタフェロンⓇ)は相対的に低い治療効果を認めることが示されている3)。近年は,治療効果の高いDMDをなるべく早期から開始する方法(early high efficacy therapy:eHET)を選択することが主流となっており,ナタリズマブやオファツムマブを第一選択薬とする例が多い4)。
②安全性は,進行性多巣性白質脳症(progressive multifocal leukoencephalopathy:PML)に配慮することが最も重要である。PMLは,健常人の約7割が保持するJCウイルス(JCV)が,細胞性免疫低下を契機に活性化し,オリゴデンドロサイトやアストロサイトが障害を受けることで,痙攣,認知機能障害,失語,構音障害,片麻痺など,多彩な中枢神経徴候をきたす。さらに,PML改善過程で,免疫再構築症候群(immune reconstitution inflammatory syndrome:IRIS)による神経徴候を認めることもあり,予後不良である。
DMDごとのPMLの頻度は,JCV潜伏感染の有無,DMD使用期間や治療歴によっても大きく異なるが,ナタリズマブは100~1000人に1人,フィンゴリモドは約1万8000人に1人,フマル酸ジメチルは約5万人に1人と報告されており,オファツムマブは約3万人に1人と推測されている5)。特にフィンゴリモドは,わが国でPML発生率が明らかに高いことが報告されており,PMLサーベイランス委員会の統計で既に9例に達していることに注意する6)。安全性の観点では,フマル酸ジメチルやオファツムマブが有用であるが,近年,ナタリズマブの投与間隔を6~7週間に延長する(extended-interval dosing:EID)ことで,PMLリスクが88~94%低下し,治療効果減少も認めないことが示されているため,EIDによるナタリズマブ投与も有用な選択肢となっている7)。ただし,わが国におけるEIDによるPML減少効果には,昨今PMLサーベイランス委員会などで懐疑的な見方も提示されており,ナタリズマブ開始後はPMLリスクに応じた適切なマネジメントが重要である(後述)。
③予後不良因子は,Rotsteinらが報告した4つの項目(人口統計および環境因子,臨床的因子,MRI所見,バイオマーカー)ごとに列挙されており,DMD開始や変更を検討する際に参考となる。近年は,ナタリズマブ,オファツムマブ,フマル酸ジメチルのいずれかの選択で事足りることが多い。
④患者の意向に関しては,DMDの用法・用量を考慮して問診を行う。ナタリズマブは静脈注射製薬(4~7週間ごと),オファツムマブは皮下注射製薬(4週間ごと),フマル酸ジメチルは内服薬であり,患者の通院可能頻度や注射製剤への受け止めなどをふまえ,最適なDMDを考慮する。
⑤挙児希望の有無に関しては,周産期のMSの特徴をふまえて問診し,計画的な治療を行っていく(後述)。
