2025年9月、立憲民主党の寺田 学衆議院議員が今季限りで政界を退くとの報道が駆け巡り、世間に大きな衝撃を与えた。寺田氏は2003年に27歳で初当選し、その後7期にわたり国会議員として活躍してきた。心身ともに充実し、まさに働き盛りとされる49歳という異例の若さでの引退である。
引退の理由は「政治家としての仕事、家事育児、介護を両立させることが難しくなった」という切実な事情であった。妻の静氏も6年前に参議院議員選挙で初当選し、夫婦ともに国会議員として活動しながら、子育てや介護を担ってきた。しかし、その両立が限界を迎えたという。
一般的に、共働き世帯が同様の困難に直面した場合、キャリアを手放すのは女性であることが多い。たとえ夫婦間に大きな収入格差がなくとも、日本社会には「男は仕事、女は家庭」という固定的な性別役割分担意識が根強く残っている。仮に静氏が引退を選んでいたとしても、これほど大きな注目を集めることはなかったかもしれない。
寺田氏は「未練はある。続けられるものなら続けたいというのは本心だ」と語っている。この言葉の根底にあるのは、「夫婦のうち片方の力しか活かせない」という社会構造への静かな疑義である。そして、「世の中が息苦しいのは、育児も介護も家事も誰かにやらせて仕事だけできる男性が意思決定に関わり続けているからである。妻のほうが今の国会に必要とされている」とも述べている。
外科の世界も、政治家の働き方と通じるところがある。24時間365日の稼働を前提とし、深夜の緊急手術や長時間の拘束が日常である。家庭責任を担う者にとっては、きわめて厳しい労働環境である。加えて、「命を預かる立場なのだから当然だ」という社会の期待が、この働き方を長く疑問の余地がないものとしてきた。筆者自身も、能力や意欲を備えながら現場にふみとどまることができなかった外科医や、夫婦ともに外科医である場合に妻のキャリアのみが遅延していく実例を数多く見てきた。
The personal is political─寺田氏が語った「本心」は、個人の問題に帰されがちな出来事の背後に、制度のゆがみが横たわっている現実を映し出している。政治も医療も、その持続可能性を守るためには、私たちが当然のように受け容れてきた制度と社会の前提を、根本から見直す視座がいま求められている。
河野恵美子(大阪医科薬科大学一般・消化器外科)[外科医][共働き世帯][キャリア]