手塚治虫先生の『ブラック・ジャック』。
数ある珠玉のエピソードの中でも、「古和医院」の話は抜群です。
山村の医院で、甲状腺クリーゼの患者の治療に悪戦苦闘する古和医師。ブラック・ジャックの助力を得て、なんとか手術を成功させるも、“モグリ”の医師(=医師免許を持たない医師)であることを看破されてしまう。焦る古和医師に対して、ブラック・ジャックはこう続けます。
「だが先生、あなたはごりっぱです。こんな無医村で30年も医者をやって、あれだけ村人の尊敬を受けているんだ。私はね、先生にほれこんだんですよ。だからこそオペもお手伝いしたんだ……」
時は流れ、ブラック・ジャックは街中で、学生服姿の古和医師に遭遇します。古和医師は「大学に入り直しましたよ。50の手習いですわ」と述べて、雑踏に消えていく。
おおよそ、このような話でした。
医師として本当に大切なものは何であるのかを、正面から教えてくれる作品です。きっと私だけでなく、多くの読み手が深い感銘を受けたのではないでしょうか。
ここで、医療過誤の紛争へと話を移します。
ある患者さんが、予期しない経過をたどって悪しき結果が生じ、現在、担当医の民事上の損害賠償責任が争われています。
ひとつ問題です。担当医が「正規の医師」か、それとも「モグリの医師」かによって、結論が左右されるでしょうか?
─こたえは「NO」です。
正規の医師であっても、医療水準に届かない治療を行い、その結果として悪しき結果が生じた場合には、民事上の損害賠償責任を負うことになります。他方で、たとえモグリの医師であったとしても、医療水準にかなった治療が行われていたのであれば、民事上の損害賠償責任の追及が困難となる場合も想定されるのです。
医学部を卒業したかどうか、専門医資格を持っているかどうか。こうした形式的なことよりも大切なことは何か。医師であり続けるために、本当に必要とされるものは何なのか。
「古和医院」は、このようなことを考えさせてくれる良話だと思います。
浅川敬太(梅田総合法律事務所弁護士、医師)[医師の本質][医療過誤]