筆者はこれまで、私立医科大学と、現任校である国立大学医学部の2校で、医学(医師養成)教育に関わってきた。医師を志す学生らは、よき臨床医としてのプロフェッショナリズム、地域医療への貢献、高い専門性の獲得、国際的な活躍、さらには医学研究を継続することの重要性など、ベクトルの大きく異なる複数のメッセージを与えられ続けている。これは両校に共通する状況であり、程度の差こそあれ、すべての医学部で同様であろう。
卒業時コンピテンシーやディプロマ・ポリシーとして掲げられる、幅広い能力と人格特性を備えた理想的な医師像は、教育理念としてきわめて重要である。しかし、個々の学生にとって、それらを同時に満たすことは、しばしば現実離れしたものとして映る。また、研究医養成というニーズに加え、臨床実習の長期化など各種改革が個別に導入されることで、時に背反的な影響が生じ、学生と教育現場の双方に無理が蓄積し続けている。
日本の医師養成課程は、米国を中心とする大学院教育としての4年制メディカルスクールと異なり、高校卒業後すぐに入学可能な6年制医学部である。ただし、日本においても「メディカルスクール構想」はかつて議論されており、完全に消えたわけではない。教育の国際標準化や、社会ニーズの変化に即した医師像の再定義(複数あってもよい)を考える上で、この構想を改めて再考する意義は大きいと筆者は考える。約20年にわたり医学部定員増が続き、医師数は増加しているにもかかわらず、地域偏在や診療科偏在の解消は進まず、働き方改革や人口減少による生活圏の変化など、医師養成と医師就労をめぐる課題はむしろ複雑化している。研究医養成というニーズを満たしつつ、多様な領域で医療を担う人材を確保するためには、6年制と4年制(メディカルスクール)の併存による複線化は、決して非現実的な構想ではない。
加えて、医学教育を担う医学部教員は、医師養成教育の責務と研究者としての成果を同時に求められる、過重な負担の状況にある。私事になるが、筆者自身、医学教育に加え、医学博士課程、公衆衛生学修士(MPH)課程、さらに大学運営にも関わり、それぞれでベストを求められる中、教育にも研究にも十分なエフォートを割けず、成果も十分に上げられていないという深刻な状況にある(筆者自身の能力の問題もあるかもしれないが)。医学部が教育と研究のすべての要請を抱え込む現状は、もはや持続可能とは言いがたい。
さらに、少子化と国際化が進む日本の大学は、海外からの学生受け入れを強化せざるをえないという新たな現実に直面している。医学教育は特殊だからと、国内学生を前提とした画一的な構造のまま、真の改革から目を背けていては、明るい未来は見通せない。これらの課題を解決するためには、医師養成課程の複線化と、それぞれの役割分担を明確にした教育体系の再設計が、必要なのではないだろうか。
八谷 寛(名古屋大学大学院医学系研究科国際保健医療学・公衆衛生学分野教授)[医師養成][医学教育]