HPVワクチンの薬害訴訟が行われており、HPVワクチン接種後の症状についての疫学研究である名古屋スタディ1)が証拠として提出されている。この論文は、2021年の厚生労働省による「接種再勧奨」にエビデンスを提供した唯一の国内大規模疫学研究であるが、批判もある。本稿では、主な批判の論点と、それに対する筆者の考えを示す。
初期に多く見られた批判は「年齢調整」に関するもので、薬害オンブズパースン会議の見解や、八重・椿論文2)で述べられていた。批判は、線形モデルによる年齢調整を問題視したものであったが、線形を仮定しない解析でも結果はほぼ同じであった。そもそも名古屋スタディでは、年齢をどのように調整したかについては明記されておらず、線形調整を前提とした批判は的外れである。また、年齢に関しては、「年齢の交互作用を無視している」という批判もあり、設楽・森川論文3)による批判が最も強い。
しかし、名古屋スタディでサブグループ解析1として行われたコホート別解析は、初回接種暦年ごとの接種者と、同年齢の非接種対照者による解析であるが、重点接種年齢に限った解析であるため、全コホートとも対象は2学年しかおらず、実質的に年齢層別解析と同等の内容となっている。この点は論文中にきちんと記載されており、批判そのものが「論文を十分に読んでいない」と言わざるをえない。年齢(あるいは接種暦年)の交互作用は認められるものの、いずれの層においても、α誤差を超えて高いオッズ比は認められず、妥当性に問題はないと考える。設楽・森川論文との結果の齟齬は、同論文で年齢調整が行われていないことによる交絡の影響であろう。この齟齬については、既に報告4)しているが、設楽・森川両氏からの回答はない。
「ワクチン接種者は健康状態がよいので、効果は過大に、副反応は過小に評価される」という、いわゆる健康者接種バイアスの観点からの批判もある。しかし、これらは「大きいに違いないバイアスが考慮されていない」とするだけで、根拠に乏しい主張である。名古屋スタディでは、女子中高生が特定のワクチン接種を忌避したことが、その後の健康状態に影響するとは考えにくい、という常識的な考察がなされている。このバイアスの影響については、長らく「水掛け論」であったが、2024年に名古屋スタディのデータを用いた論文が出版された。これは、接種者の「接種前期間」における症状出現を、同期間の同年齢非接種者と比較したものであり、大きい差異は認められなかった。もし大きいオッズ比をマスクするほどのバイアスが存在するなら、強い差異が観察されたはずであるため、「本来高いはずのオッズ比が健康者接種バイアスでマスクされている」とする主張は当たらない。
名古屋スタディに寄せられた批判論文には、これまですべて回答してきたつもりである。しかし、これらの批判論文を根拠とした非専門家によるSNSでの発信は後を絶たない。どの結論が妥当なのか、エディトリアルや解説記事が示されることが望まれる。
【文献】
1) Suzuki S, et al:Papillomavirus Res. 2018;5:96-103.
2) Yaju Y, et al:Jpn J Nurs Sci. 2019;16(4):433-49.
3) 設楽 敏, 他:臨床評価. 2022;49(3):443-81.
4) 鈴木貞夫:臨床評価. 2025;53(1):199-202.
5) 鈴木貞夫:日本公衆衛生雑誌. 2024;71(11):667-72.
鈴木貞夫(名古屋市立大学大学院医学研究科公衆衛生学分野教授)[HPVワクチン訴訟][名古屋スタディ]