2025年11月27日、医師偏在対策や医療DX推進などを盛り込んだ『医療法等の一部を改正する法律案』が衆議院本会議で可決・通過した。新規開業制限の議論には賛否がわかれるが、医療DXの推進は多くの現場が歓迎する方向だろう。一方で、「DXって結局、誰が楽になるんですか?」という声をいまだに耳にする。DXは2004年にエリック・ストルターマン教授が提唱した概念で、単なるデジタル化ではなく、データと技術を活用して業務や文化そのものを変革することを意味する。
医療現場で最も身近なDXは電子カルテである。ただ、本来期待された効率化とは裏腹に、入力や確認に追われる仕組みとなっていることも少なくない。救急外来では、搬入直後から診察・検査・オーダー入力が同時進行で求められ、患者に向き合う時間より端末と向き合う時間が長くなることさえある。現場の実感として、「これは本当にDXなのか」と感じることは多い。
状況は過渡期にある。2025年10月に開催された『第53回 日本救急医学会総会・学術集会』では、AIが音声を拾い上げてカルテ記録や検査オーダーに自動変換するといった取り組みが紹介された。実用化にはまだ時間を要するが、確実に変化は進んでいる。
DXは大病院だけの特権ではない。当院でも外部から電子カルテにアクセスできる環境を整備し、訪問診療時に過去の記録や処方をリアルタイムに参照できるようにした。さらに、日常業務の連絡から災害時の通信までを想定してLINE WORKSを導入し、事業継続計画(BCP)にも正式に位置づけた。停電や電話不通時にも職員間で情報共有が可能となり、安否確認や応援要請を迅速化することが見込まれる。臨床では、スタッフ間の相談やコンサルテーションも円滑になり、情報の流れも格段に改善している。小規模病院でも、DXはインフラとして機能しうるのだ。
医療DXの本質は、データを集めることではなく、現場の判断を支えることにある。AIや音声入力は医師を減らすための道具ではなく、人間的な判断に集中するための補助輪として活用できるものである。数字やアラートは患者の全体像を語るものではない。最後に診断を下すのは、顔色や呼吸、声の調子を感じ取る人間の感覚である。情報伝達が円滑になったとしても、情報そのものが充実していなければ意味をなさない。したがって、DXが進むほど、医療はむしろアナログの価値を再発見していくことになるだろう。
救急現場から始まる小さな改善こそ、医療DXの原点である。今後、国をあげたDX推進の流れはさらに加速するはずだ。DXを進めるチャンスととらえ、各都道府県が準備する補助金等を最大限に活用し、社会の変革に医療業界が置いていかれないようにしたい。
薬師寺泰匡(薬師寺慈恵病院院長)[救急医][医療DX]