木村盛世氏は「がん検診を受けても死亡率が下がるという信頼性の高いエビデンスは存在しない」と主張している。
私も日本の健康診断の無駄さを指摘しており、日本医療の「エビデンス」への無頓着さには、これまで憤慨したり呆れたりしてきた(No.5293)。EBM黎明期ならともかく、令和の時代になってもエビデンスをガン無視して経験主義に陥っているのは情けない。
実際、現行のがん検診には、アウトカム(死亡の低下)に寄与していないものが多い。大阪御堂筋線の広告でよく見る線虫なんとかなどは、噴飯ものの怪しい検診だ。
とはいえ、エビデンスが皆無な訳ではない。
もっとも堅牢なエビデンスを持っているのが大腸癌検診だ。多くのRCTとそのメタ分析で死亡減に寄与することがわかっている。便潜血検査で大腸癌死亡は2割程度減少が期待される。
ただし、すべての死因で吟味した「全死亡」でみると1%しか減らなかった。大腸癌以外の理由で死亡するリスクが高いからだ。
乳癌検診はより複雑で、最適解はまだ得られていない。検診でがん死亡は減ることが示唆されているが、全死亡には影響がなかった。前立腺癌検診も同様だ。
日本における内視鏡などの胃癌検診も、胃癌による死亡減少がコホート研究などで示唆されているが、全死亡は減らしていないというデータもある。
木村氏の主張には一理あり、まずがん死亡に寄与しない(寄与するかわからない)検診は多い。日本でそれを無批判に行うのは無駄かつ非科学的だ。
次は「全死亡」の考え方だ。ここは若干複雑な議論となる。
要は「がんの治療の合併症で死亡するリスクとのトレードオフだとダメでしょ」というのが通俗的「全死亡」の議論である。が、まったく関係ない心筋梗塞とか交通事故をそこに加味するのはやりすぎだろ、という議論もある。「数学の勉強をして数学の成績は伸びたが、国語などの成績は伸びなかった。だから数学の勉強は意味がない」というのは詭弁であろう。
いずれにしても、木村氏の指摘には一定の首肯すべき点があり、一定の批判の余地もある。が、SNSなどをみると、木村氏の全肯定か全否定か、どちらかのパターンしか見受けない。評価が属人的で、「木村推し」か「叩き」しかないのだ。
「ひと」ではなく「こと」。属人性を捨てて議論するのが理性的な議論である。日本の「議論」をみると、ほとんどが属人的で低レベルな議論である。もったいないことだ。
岩田健太郎(神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)[属人性][がん検診][エビデンス]