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【識者の眼】「前に出ないリーダーシップ─EMTCCで光る日本の強み」稲葉基高

登録日: 2025.12.04 最終更新日: 2025.12.04

稲葉基高 (ピースウィンズ・ジャパン空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”プロジェクトリーダー)

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大規模災害が起こると、世界中から緊急医療チーム(EMT)が被災国に集まります。同じ地域にチームが重なったり、本当に困っている地域に誰も行かなかったりしないよう、全体を見渡して調整する仕組みがEMT調整機構(Emergency Medical Team Coordination Cell:EMTCC)です。

EMTCCの役割を一言でいうと、「現場全体を見渡す指揮者」です。被災国の保健省やWHOと協働し、どこにどのチームを配置するか、何が足りていて何が不足しているのかを整理し、全体のバランスを整えていきます。各チームから上がってくる患者数やニーズに関する情報を集約・分析し、「この地域には外傷診療が必要」「こちらは慢性疾患やリハビリが課題」といった全体像を描いた上で、限られた医療資源を最も必要とされる場所に振り向けていくのです。

先日、台湾で行われたEMTCC研修に参加しましたが、この「指揮者役」は日本人が得意とする分野だと改めて感じました。日本のDMATは発足当初から本部運営やチームマネジメントに力を入れており、状況ボードやホワイトボードを壁一面に貼り出し、情報を書き込みながら意思決定を進める文化があります。過去の国際的な大規模災害でも、日本人がEMTCCでライティングシートを素早く並べ、短時間で「本部らしい」状況をつくり上げてきました。こうした情報整理やタスキングの感覚は、まさにEMTCCの中核機能に直結します。

一方で、EMTCCの運用で本当に難しいのは、「前に出すぎないこと」です。EMTCCは被災国の保健省の中に置かれる仕組みであり、主役はあくまで被災国政府です。外から来た国際チームが上から目線で指示を出しはじめた瞬間、信頼関係は簡単に崩れてしまいます。保健省の担当者を前面に立て、その決定を尊重しつつ、必要な情報や選択肢を静かに提示して支える。「前に出る」のではなく「横で支える」スタイルこそが、EMTCCの要となる姿勢です。

この「黒子役」に徹するあり方は、日本人の気質や、国内外の災害現場で培ってきた経験にもよく適合しているように思います。国内災害では、自治体や保健所の職員を立てながら、DMATや民間の医療チームがその周囲で支えてきました。国際現場でも同様に、被災国政府の顔を立てつつ、裏側で情報整理や調整を進める役割は、日本が力を発揮しやすいポジションです。

外交の場では、日本のプレゼンスは以前ほど目立たないと言われることもあります。しかし、災害医療や調整の現場には、日本が長年積み重ねてきた「本部運営」や「縁の下の力持ち」としての経験を生かせる場が確かに存在します。EMTCCという国境を越えた「医療の羅針盤」の一員として、日本が自らの得意分野で国際貢献を続け、その知見を日本国内の災害対策本部や保健医療福祉の調整へと還流させていくこと。それが、世界と日本のレジリエンスをともに高める1つの道であると感じています。

稲葉基高(ピースウィンズ・ジャパン空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”プロジェクトリーダー)[災害医療][EMTCC

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