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【識者の眼】「サイコロを振るサンタクロース」中村利仁

登録日: 2025.12.01 最終更新日: 2025.12.04

中村利仁 (社会医療法人慈恵会聖ヶ丘病院内科)

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冷戦期から米国とカナダ上空の人工衛星・ミサイル・戦略爆撃機の監視を行っている北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)は、毎年クリスマスイブが近づくと、“NORAD Tracks Santa”という、空を飛ぶサンタクロースの追跡任務を行っています。もちろん、防空作戦の一環としてです。

サンタは地上に暮らすキリスト教徒一人ひとりに、一晩のうちにプレゼントを配るわけですが、NORADが描く航跡は、見るかぎり一本の線をぶれずに進んでいるかのように映ります。サンタは、暖炉がなくてもドアや窓を開けることなく壁をすり抜け、吊るされた靴下に贈り物を一軒一軒届けて回っているはずなのに、です。

つまり、NORADの眼には、サンタクロースが同時に様々な場所に存在しているように映っていることになります。

物理学者としてキャリアを始めたエリヤフ・ゴールドラット博士は、イスラエルから米国に移住し、やがて生産ラインの最適化ソフトウエアを製造・販売する事業へと転じて成功しました。その経験をもとに理論を体系化し、1984年に小説仕立てのビジネス書『ザ・ゴール』(邦訳:ダイヤモンド社)を発表しました。この本で扱われているのが、製造業の生産ラインを全体最適化する「制約理論」(theory of constraints:TOC)です。トヨタのカンバン方式で知られる大野耐一氏が関与したとも言われています。

製造業にも多様な形がありますが、多くの工場は常にラインを組み替えつつ複数の製品を並行してつくっています。単一製品を長期間つくり続けることのほうがむしろ稀です。そのため、かつて生産性向上は難題でしたが、TOCは全体を見渡した最適化によってこの課題に取り組む方法を示したわけです。

ゴールドラット博士の著作は『ザ・ゴール』を含め邦訳が7冊あり、その中にはプロジェクトマネジメントを扱ったものもあります。興味をお持ちの方には、ぜひ順に読まれることをオススメします。

さて、日本は先進諸国に比べて生産性向上が遅れていると指摘されはじめてから、既に20年が経ちます。それは医療分野でも同様です。生産性向上が進まないのは、現場の努力だけでは実現できず、トップダウンによる全体最適化を通して初めて実現される性質のものだからです。日本企業が得意とするボトムアップや摺り合わせは部分最適化にとどまりがちで、従来一般的な線形計画法ではボトルネックの特定が見当違いになることもしばしばあります。

病院の生産性分析でも同様で、まずはそれぞれの病院のボトルネックをとらえ、全体最適化を図ることが重要です。しかし、多くの病院のデータを比較し分析を重ねていくと、そこには一本の航跡が浮かび上がってきます。

次稿へ続く。

「Yes, Virginia, there is a Santa Claus」〔Francis Pharcellus Church(The Sun)〕

中村利仁(社会医療法人慈恵会聖ヶ丘病院内科)[全体最適化][制約理論

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