●踏み間違い事故
常日頃、肩身の狭い思いをしながら運転をしているが、2019年4月19日の池袋での高齢者の運転による人身事故以来、世間の目がいっそう厳しくなった。後に詳しく述べるように、オートマチック車の運転は本来、アクセルとブレーキという相反する機能を2本の足で分担すべきものであるのに、アクセルもブレーキも1本の足の踏み替えで済ませ、左足は遊ばせておく、という変則的な運転が、日本では一般的である。それが原因で町中の踏み間違い事故は後を絶たず、高速道路上の玉突き衝突事故もまた後を絶たない。
2019年の池袋の事故の原因がペダルの踏み間違いだったとすると、その責任は、ブレーキを掛ける際にアクセルの上にあった右足を踏み替えるという、日本独特の運転を半世紀にわたって放置してきた日本の運輸交通行政の怠慢の結果にあり、事故を起こした高齢者はその被害者で、高齢者を云々するのは見当違いである。このことを、起訴された池袋暴走事故の弁護団に伝えようと私は努力したが、接触する機会は得られなかった。
●「元気で今後も運転を続けて」
世間の目を気にして運転している私にとって最近、嬉しいことがあった。ある日、近くのスーパーマーケットの駐車場でゆっくり車を動かしていたところ、後ろを見ないでバックしてきた車の後部の角がぶつかり、運転席側のドアがへこんだ。パトカーを呼んだらすぐ来たが、人身事故でもなく彼らの出番はなさそうだった。すると1人の警察官が突然、「やぁ驚いた! 免許証を見て内藤さんがこんな歳とは知らなかった」と声を上げた。そして、「今日の事故に懲りて明日から運転をやめるなどと言わないで、どうぞ元気で今後も運転を続けて下さい」と言った。普通なら「違反ではありませんが、この事故を機に運転免許証の返納を考えて下さい」で、優しく言うとしても、「運転するとしたら、今まで以上に注意して運転して下さい」が精々であろう。
●目標は104歳
運転免許更新のための高齢者講習を受講した。70歳以上の人が運転免許証を更新するため受講が義務付けられている認知機能検査のほか、動体視力など実技を含む2時間の講習である。講習が終わって受講者の1人が、「この講習に来る最高齢者は何歳ですか」と質問した。すると講師は、「104歳です。その辺運転してますよ」とこともなげに言った。そういう人がいるから危険、ではなく、高齢者の運転を鼓舞するような言い方だった。「あれも駄目これも駄目と言っていたら何でも駄目になり、最後には食べることまで駄目になりますよ。それより、できることは何でもやれるときに、やれるだけやっていたら、認知症にはなりませんよ」と付け加えた。高齢者が被害者になる交通事故が多いから気をつけるように、ということだった。
配られた教本のカラーの表紙には大きく「いつまでも安全運転を続けるために」とあり、高齢者マークを付けた車の運転席と助手席に高齢者と思われる男女が乗っているイラストだった。つまり高齢者講習は、いつまでも安全に運転を続けるための講習で、上記の「その辺を運転している104歳」は、いつまでも安全に運転を続けている好ましい姿だったのである。
高齢者講習の修了証書を持って運転免許証の更新に警察署に出向いた。高齢者用の窓口があり係員が、提出する書類の取りまとめから申請書の書き方、手数料の支払い、新しい免許証の記載事項の確認まで終始付き添い、あたかも高齢者の運転の後押しをするかのようだった。
パトカーの警察官は「今後も運転を続けて下さい」と言ったが、いつまでとは言わなかった。しかし今回の講習で、104歳というめどができた。104歳まで私はあと12年ある。かかりつけの主治医に経緯を報告したら「私はあと30年生きて12年後、肩を叩きますよ」と協力的だった。私のことをよく知るこういう協力者がいるのは有難い。
●マニュアル車にはないオートマチック車の特長
国際交通安全学会の調査によれば、2005〜7年のペダルの踏み間違い事故は70歳以上が6808件で全体の19.5%を占め、29歳以下は9364件で全体の27.4%を占める。誤解してならないのは、踏み間違い事故が多いのは高齢者ではなく29歳以下であるということで、これを誤ると踏み間違い事故対策はあらぬ方向に向かう。警察庁によると、2010〜19年の10年間に、日本国内では踏み間違い事故が5万5377件発生し、うち死亡事故が459件を占める。踏み間違い事故は追突事故の原因でもある。三井住友海上の調査によれば、追突事故は交通事故の41%を占める。
事故は、注意だけで防げるものではない。だから上記のように年間5500件以上の踏み間違い事故が発生し毎月4件近くの死亡事故が発生しているのであって、オートマチック車が持つフールプルーフの安全機能を最大限に生かす運転が最低限必要である。オートマチック車にはマニュアル車にはない、基本的な安全運転の機能が備わっていることは意外に知られていない。すなわち、左足は常にブレーキの上、右足は常にアクセルの上に置いて、2本足を交互に使って運転できるという特長がある。したがって、ブレーキを踏む際に右足を移動させる必要がないから踏み間違いの起きようがない。右足でブレーキを踏もうとしてもブレーキの上には左足があり、既にブレーキを踏み込んでいるから右足の出番はない。
また、オートマチック車でブレーキを踏む際に、右足を踏み替えてブレーキを踏むと、踏み替えるため時間のロスがある。踏み替えのために仮に1秒かかるとすると時速60kmで走行している車は1分で1km(60秒で1000m)、1秒で16.67m進む。高速道路を時速120kmで走行すると1分間に2000m、1秒間に33m以上進む。高速道路を走っていて前方に事故車を認め急ブレーキを踏んでも、踏むまでの間に車は既に33m以上進んでいる(空走距離)。停止までにはさらに速度の二乗に比例する制動距離が必要である。踏み替えの時間が0.5秒としても、ブレーキを踏むまでの間に17m近く進んでいる。したがって、高速道路での多重衝突は起きて当然だが、左足が常にブレーキの上にあればこの時間のロスがない。
●1本足運転と2本足運転
高齢者の事故は認知症だけが原因ではない、高齢者は反応速度が遅くなっている、と言われている。仮にそうであればなおさら、踏み替えによる時間のロスをゼロにする運転方法が事故防止上、重要な決め手になる。
1960年代に米国でオートマチック車が登場したとき、米国運輸省は安全だからという理由でマニュアル車からオートマチック車への乗り換えに国を挙げて大々的なキャンペーンを張っていた。その理由の第一が、踏み替え時間のロスがないという点で、高速道路で運転をする車が多い米国では空走距離を短くする利点が大きかったのであろう。理由の第二が、左足が常にブレーキの上にあるからブレーキを掛ける際に右足を動かす必要がなく、踏み間違えによる事故が防げる、という点であった。理由の第三は、急ブレーキを掛けるとき、両足でブレーキを踏み込み全身の力で踏ん張れるので制動距離が短くなる、ということだった。
米国では、オートマチック車は運転するのに2本足を使えるから安全だ、と宣伝されたのに対し、日本では、1本足で運転できるから初心者でも簡単だ、と宣伝され、受け止められたのではないか? そうだとしたら、不幸なボタンの掛け違い、大きな犠牲の始まりだった。
たまたま米国に居た私は米国運輸省の説明に納得し、さっそく1本足運転から2本足運転に切り替えた。2本足運転の場合、交通渋滞で前の車との車間距離が狭くなっているとき、いつでもブレーキを掛けられるように左足をブレーキの上に乗せて運転するのと同様、安心感は大きく、右足はアクセル専門、左足はブレーキ専門と役割分担が明確で通常の運転をしながら何の違和感もなく、いともスムーズにほとんど1日で2本足運転に移行できた。2本足運転なら、仮に右足が痙攣を起こしても左足でブレーキを踏めるし、左足が麻痺しても右足でブレーキを踏める。
高齢者講習の実技のとき、講師は「内藤さんは2本足だね」と言って助手席に乗り込んだ。コースの途中の上り坂の上に高さ10cmくらいの障害がある。アクセルを強く踏み込んで障害の上に乗り上げた瞬間に車を止める、というテストである。1本足運転では難しいが、2本足運転では左足で軽くブレーキを踏んだまま右足でアクセルを踏み込めるから苦もなくできる。横に座った講師は「2本足なら楽だ」と拍子抜けの様子だった。
日本が払ってきた、本来避けられるはずの事故による人的、経済的損失は、交通遺児を含め膨大なものになるであろう。そして、事情が改善されない限り今後もそれは続いていく。
●「自立・自助」が高齢者対策の最優先事項
個人の場合、高齢を理由に運転を禁止すると、仕事や生きがい、楽しみを失い認知症を発症する可能性がある。定年で激職から閑職に転じ認知症になった有名な医学者の例もある。
高齢者世帯で、車でなければできない日常の買い物その他一切を1人の高齢者に頼っていた場合、その人の運転が禁止されたら、その世帯の面倒は誰が見るのか?
緊急時の避難や、日用品・必需品の調達の唯一の手段が、自分が運転する車しかないという高齢者・障がい者の世帯も多いだろう。普段から運転し慣れていないと、いざというときに役立たない。運転だけでなく、車の整備や給油も大事である。車検は無料化するという政策も必要であろう。高齢者対策の最優先事項は高齢者の自立・自助で、その有力な手段のひとつが車の運転と、それに対する社会の理解と支援である。
車の運転は高齢者だけでなく、社会的弱者の生命線である。災害時に緊急避難するのに車が唯一の手段である障がい者や高齢者世帯も多いと考えられるが、車の運転を促して彼らの自立・自助を促すことは、彼らのためでもあるが社会のためでもある。特に緊急時にはその影響が強い。高齢者や社会的弱者が緊急避難時に自分で自分の身柄を処することが可能なら、社会全体に対する負担は少なく、そのためにも普段から高齢者の運転を推奨し、社会的基盤を整備しておく必要がある。そう考えると、政府は高齢ドライバーに優遇措置をとって然るべきであろう。
私自身、脊椎の圧迫骨折を起こした際、自分で車を運転して病院に行き、病院の玄関から病院の車椅子で入院したことがある。こうした高齢者の例は他にもあり、少なくないと考えられるが、彼らが運転できなければ、緊急時にすべてが救急車という限られた社会的資源に殺到し、その機能は麻痺するであろう。
●求められる的確な対応
踏み間違い事故や追突事故の原因を知らず、その解決法を知ろうともせず、学ぼうともせず、踏み間違い事故は70歳以上より29歳以下が多いという事実も知らず、根拠のない思い込みだけで、高齢者は運転をやめたほうがよい、というのは認識不足で、高齢者を含め社会的弱者に対する偏見ないし思慮不足としか言いようがない。そういう人は自分が近い将来、高齢者になり、免許証を持っていないために失職する可能性に気づいていない。
警視庁や各道府県警察では高齢ドライバーを65歳以上と定義しているが、タクシー運転手の主体は、「週刊エコノミスト」によれば70歳代である。バスの運転手も大きな違いはないであろう。高齢者の運転を禁止すれば、タクシーをはじめバスなどの運輸流通業界の機能は麻痺し、運転手を募集しても免許証を持っている人はいなくなる。
内閣府の調べによれば、2021年の70歳以上の人口は総人口の28.9%でその割合は年々増加している。人口の3割に達する高齢者が運転できなくなると自動車産業にも深刻な影響が及ぶであろう。
戦後、自動車が普及しはじめた頃、自動車による死亡事故は避けられないから自動車は禁止しよう、という議論があったが、少なくとも大勢とはならなかった。しかし、避けられないという死亡事故もその後、無免許運転、飲酒運転、悪質な速度超過という「交通3悪」を対象とした官民の協力その他で1970年の1万6765人から、自動車保有台数・運転人口・道路の総延長などの増加という逆風にもかかわらず、2022年には2610人にまで減少した。このことは、交通事故に関しては対応が的確なら、事故は減少することを示している。踏み間違い事故も対応が的確なら、件数を限りなくゼロにできることを示している。