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多紀元堅(16)[連載小説「群星光芒」208]

登録日: 2016.09.08 最終更新日: 2026.02.21

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将軍家定は安政5(1858)年6月上旬より下肢の浮腫が顕著となり、表御殿へ出御したあと体がよろめいて息苦しくなった。

「御匙医らが脚気衝心と診立て、総力をあげて治療いたしたが、御容態は日ましに傾くありさまじゃ。懸念されたご閣老方は世評の高い貴殿を侍医に迎えてお力添えを願いたいと望んでおられる」

使者はそういって首に滴る汗を拭った。

――これぞ天佑の賜物だけん。

伊東玄朴は身震いした。だがここで急いてはならぬ。われらには蘭方禁止令なる厳しい足枷が嵌められている。

「若年寄の牧野康哉様には即刻『蘭方禁止令』を廃止いたすと確約なされた」

使者はきっぱりと答えた。

「牧野様はつい先日(6月25日)、大老井伊直弼侯より若年寄に抜擢された英明なる御方である」ともつけくわえた。

――牧野康哉侯は信州小諸の領民に牛痘法を断行された凄い殿様じゃ。

玄朴も以前きいた話を思い出して高らかな声で返答した。

「これより早速、上様の許に参上つかまつります。ただし蘭方では医師1人で診察することはいたしません。必ず複数で病状を確かめ合い、協議のうえ治療をおこないますけん、手前のほかに1名の同行をお許し願います」

使者が黙ってうなずいたので玄朴は急いで身支度を調え、駕籠に乗って江戸城へ向かった。


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