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緩和ケアのヘルスサービスリサーチ【臨床医に伝えたいヘルスサービスリサーチ(8)】

No.5182 (2023年08月19日発行) P.29

羽成恭子 (筑波大学ヘルスサービス開発研究センター/日野原記念ピースハウス病院/みその生活支援クリニック)

登録日: 2023-08-21

最終更新日: 2023-08-17

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  • 1. はじめに

    筆者には,人生を変えた論文がある。かつて公立病院で緩和ケアチームの専従医師としてコンサルテーション型の診療をしていた頃,がんに対する治療の適応がなく,透析が必要な予後が数週間と思われる70代のがん患者および家族が,「自宅に帰って最期を迎えたい」と相談をしてくれたことがあった。主治医からは自宅退院の許可が下りず,その願いを叶えられるように立ち振る舞えない,緩和ケア医という筆者自身の無力さに憔悴していた。なぜ自宅で最期を迎えたい患者の願いが叶わないのだろうと思い文献検索をしていたところ,Gomesらの論文1)を見つけ,自宅で最期を迎えるということには,たくさんの要因が関わっていることを知った。それまで主にがんの治療薬や,症状緩和に関する薬剤のランダム化比較試験の論文を読んでいた筆者にとって,社会的要因がアウトカムにどのように影響するのかを研究した論文は衝撃的であった。この論文がきっかけとなり,筆者はヘルスサービスリサーチ(health services research:HSR)の視点をもった緩和ケア医をめざすことになった。

    2. 緩和ケア領域におけるHSRの例

    緩和ケアは,特に人生の最終段階における,重篤な疾患により深刻な健康上の苦しみを抱えるすべての年齢層の個人に対する,積極的で全人的なケアとされている。そのめざすところは,患者やその家族,介護者のQOL向上である2)。人生の最終段階で緩和ケアを受ける患者は,高齢であったり,複数の基礎疾患を持ち合わせていたり,身体症状がいくつも重なり,気持ちのつらさも生じていることが多く,疾患や症状の各論的な治療ガイドラインの内容をふまえた上で,その個人に特化した対応が必要になる。また,人生の最終段階の療養場所の選択では,本人のみならず家族の意向も聞く必要がある。このような背景がある中で,個人が,自身の望む形で人生の最終段階を生き,QOLの向上を図るために,今後さらにHSRの担う役割は大きくなると考える。

    たとえば,緩和ケア領域におけるHSRの研究として,Donabedianによる3概念(☞本連載第1回,No.5152参照)のうち,プロセスとアウトカムに焦点を当てた2つの多施設前向きコホート研究を示す。

    Hamanoら3)は,研究の従属変数をがん患者の生存期間,独立変数を死亡場所(病院もしくは自宅)とし,その関連を示した。なお,病院もしくは自宅において,専門的緩和ケアが提供されているという設定であった。患者の特性(年齢,性別,performance status,原発部位,予後予測等)で調整したCox回帰分析にて,自宅での生存期間は,病院と比較して同等もしくは長いことが示された。これにより自宅で提供される医療が病院で提供される医療よりも劣り,生存期間が短くなっているのではないかという臨床疑問に,ひとつの示唆がもたらされた。

    また,Yokomichiら4)は,従属変数をがん患者の生存期間,独立変数を持続的な深い鎮静の実施の有無として,Cox回帰分析でその関連を示している。なお,観察研究という特徴上,鎮静の実施に関して,患者のがん種や症状等に大きく影響を受けるため,選択バイアスや交絡バイアスへの対応が必要であり,傾向スコアが用いられている。結果,慎重な用量調整による持続的な深い鎮静は,進行がん患者の生存期間の短縮とは関連しないことが示された。患者や家族等のみならず医療者にとっても,鎮静の実施により生存期間が短くなったのではないか,という思いを軽減することにつながり,臨床的意義の大きい研究であると考えられる。

    先にも述べたが,緩和ケアのめざすところは,患者やその家族,介護者のQOL向上である。亡くなった患者に,それまでのケアの質やQOLの評価は問えないため,緩和ケア領域においては遺族調査も重要な位置づけである。Miyashitaら5)はわが国のがんセンター,緩和ケア病棟,在宅での緩和ケアの満足度を,それぞれの場所で亡くなったがん患者の遺族を対象に,Donabedianによる3概念のストラクチャー・プロセスの評価尺度としてCare Evaluation Scale,アウトカムとしてgood deathの達成度の尺度であるGood Death Inventoryを用いて調査している。いずれの場所であっても緩和ケアへの満足度は高いことや,自宅での緩和ケアは,good deathの達成度が緩和ケア病棟よりも高いことが示された。

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