株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

第3回:一過性の意識障害で来院した79歳女性

登録日:
2021-04-30
最終更新日:
2023-06-02

執筆:塩尻俊明(国保旭中央病院総合診療内科部長)

【現病歴】正月,三が日のある日。X-55分,朝食として焼いた餅を2個食べ,食後にお茶を飲んで夫と会話を楽しんでいた。X-45分,急にふらふらしたと思ったら意識を失った。夫によると丸椅子から後ろ向きに倒れ,両眼は閉じており四肢は脱力していた。X-25分,救急隊接触。JCS 200,BP 130/70mmHg,HR 90/min,RR 19/min,BT 36.1℃,SpO2 98%(10L),瞳孔3.5mm/3.5mm,対光反射+/+。口腔内に餅があり搔き出した。X-5分,車内でほぼ清明に戻った。
<追加の情報>
チアノーゼ,眼球偏倚,咬舌,失禁なし。夫と離れで二人暮らし。
【既往歴】発症時期不明の高血圧,結核性リンパ節炎。
【内服薬】カンデサルタン8mg
【バイタルサイン】意識清明,BP 133/65mmHg,PR 80/min,RR 24/min,BT 36.0℃,SpO2 96%(RA)
【身体所見】診察時にも瞳孔は3.5mm/3.5mm,対光反射+/+,眼球偏倚・咬舌なし,項部硬直なし,麻痺・感覚障害・失調なし,深部腱反射正常。

 キーワード 
・一過性の意識障害
・口腔内に餅
・チアノーゼなし
・眼球偏倚なし
・尿失禁なし
・瞳孔正常範囲
・項部硬直なし

考えられる診断は?

A.(餅による)気道閉塞
B. 脳底動脈閉塞症
C. 一酸化炭素中毒
D. くも膜下出血
E. 非痙攣性てんかん重積

病歴・身体所見で診断を絞り込む


▶A. 窒息で意識を失ったのであれば,救急隊接触時に顔色はチアノーゼがあるべき。餅摂取後に10分ほど話ができていたことから,口腔内に餅があったとのことだが吐物であった可能性はある。
▶B. 瞳孔異常を含む脳神経症状を伴った,もしくは先行する意識障害である。血流の改善があれば一過性の経過をとりうる。四肢脱力は脳幹病変としてあり。
▶C. 現在の情報では,一酸化炭素曝露の環境があったか不明だが,餅を焼いた調理後ではある。SpO2測定ではCO濃度は判定できない。盲目的に投与されたリザーバーマスクによって改善した可能性は残る。
▶D. 脳圧亢進による脳灌流障害が起こり,一過性の意識障害を呈することがある。項部硬直の出現は75%程度である1)
▶E. 痙攣がないてんかんのため,臨床症状のみでの診断は困難。発作中なら瞳孔は散大しているが,脳内のてんかん発作が収まってしまうと瞳孔での判定は難しい。

確定診断に迫る追加の診察・検査は?

意識障害のアプローチとして,家人,救急隊に情報を確認することが重要である。
餅による気道閉塞以外は,どれも決め手に欠く。検査として一酸化炭素(CO)濃度を血液ガス検査で評価するが,CO中毒を引き起こす環境であったかどうか追加問診する必要がある。Bは頭部CTでの診断は困難であり,MRI,MRAが必要である。Dもまずは頭部CTであろう。Eは脳波検査が必須となる。
動脈血液ガス検査:CO-Hb 37.2%

【最終診断】 C. 一酸化炭素中毒

【経過】スクリーニングで施行した血液ガス検査でCO-Hb 37.2%が判明し,夫に再度問診した。夏頃からプレハブ造りの離れで2人で暮らすようになり,12月の暮れからは,室内で七輪を使ってニンニクや餅を患者本人が焼いていたとのこと。部屋は狭く冬季であり,年末からは調理時に換気はしていなかった。夫も当日は頭痛を自覚していた。救急隊による10Lの酸素投与が奏効し,意識レベルが改善したと考えた。頭部CTに異常はなく,それ以上の検索は施行しなかった。

【考察】CO中毒は,明らかにCO曝露の病歴があれば想起しやすいが,疑わなければ診断は難しいため,脳卒中,てんかん,脳炎,虚血性心疾患と誤診されることもある。病歴は非特異的で頭痛(90%),嘔気・嘔吐(50%),倦怠感(50%),意識障害(30%),インフルエンザと考えられた症例もしばしばある2)。1つの場所から複数人が同じ症状を訴える,冬に調理後(今回餅を焼いた後)に出現し,自宅を離れると改善する,などの病歴がヒントになる。今回,夫の訴える頭痛もCOによる症状であった可能性がある。

身体診察上,特異的な所見はなく,鮮紅色の皮膚が特徴とされるが,1%にみられるにすぎない3)。CO-Hbの半減期は大気下で4~5時間,フェイスマスクを用いた100%酸素投与下でおよそ1時間であり,本症例では酸素投与が奏効したと思われる4)

【文献】

1) Perry JJ, et al:CMAJ. 2017;189(45):E1379-85.

2) Harper A, et al:Age Ageing. 2004;33(2):105-9.

3) Simini B:Lancet. 1998;352 (9134):1154,

4) Wolf SJ, et al:Ann Emerg Med. 2008;51(2):138-52.

Take Home Message
意識障害患者の血液ガス検査では,CO-Hb濃度を確認すべきである。

このコンテンツは購入者限定コンテンツです(全文閲覧にはシリアル登録が必要となります)。
コンテンツ購入はコチラから

Webコンテンツサービスについて

ログインした状態でないとご利用いただけません ログイン画面へ
新規会員登録・シリアル登録の手順を知りたい 登録説明画面へ
本コンテンツ以外のWebコンテンツや電子書籍を知りたい コンテンツ一覧へ

関連記事・論文

もっと見る

page top