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【識者の眼】「敗血症と栄養の関係」鈴木隆雄

No.5141 (2022年11月05日発行) P.60

鈴木隆雄 (Emergency Medical Center(イラク・アルビール)シニア・メディカル・アドバイザー)

登録日: 2022-10-07

最終更新日: 2022-10-07

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ウクライナ報道で、医療品不足の中で行われる医療場面があった。このような状況でいつも思うことは、創傷治癒と栄養の関係である。患者が敗血症で治療が長引くと栄養も必要と考える。本当にそうだろうか。正規軍の医療チームでないかぎり、基本的医薬品ですら不足している紛争下では、患者への栄養は経口食のみ。そんな環境でも多くの患者は治癒していく。

そもそも現代のICUで敗血症患者の死亡時、慢性栄養失調患者のようにやせ細った姿に至ることはほとんどない。栄養不足になる前に敗血症の進行が早く、それを阻止できなかったことが死亡原因であろう。

敗血症が臓器不全レベルになると、細胞内のミトコンドリアは冬眠状態となるものの細胞が死んだわけではないと言われている。だとすると、敗血症状態に栄養を投与して本当に役立っているのだろうか。

子どもの頃、軽い風邪でも熱があると食欲が落ちた。すると田舎の祖母は「もっと食べんしゃい。元気つけんと早く治らんばい」とよく言っていた。軽い熱ですら食欲が落ちるのに、重症敗血症の場合の食欲は本当はどうなっているのか。

先進国のICUではすべての抗菌薬から栄養成分まで使用可能である。ICUでの栄養ガイドラインは、栄養投与の是非ではなくICU入室直後から早期投与するかどうかについて書かれ、5日前後からは投与を推奨している。撃つ弾薬はすべて揃っているからと撃ちまくるのはいいが、それがfriendly fire(味方への誤爆)になっていないと保証できるのか。

紛争地でも外傷症例だけでなく予定手術もあり、術後の縫合不全から汎発性腹膜炎となる例もある。それが重症となり紹介されてきたとき、古い外科医の中には「2週間以内に勝ち目が見えれば栄養がなくても大丈夫」と豪語する者もいた。軍隊は戦争が終結するたびに、その医療経験の総編を発行する。本当に栄養が必要かどうかに言及した米軍の総編は朝鮮戦争が最後で、その後は探す限り見当たらない。

紛争のために医療品不足で行われる医療。これは不可抗力の社会実験なのだが貴重なデータの宝庫でもある。だが、当事者はデータ収集をしている余裕がない。術後を観察しようにも、ベッドが足りないと患者は外科病院から内科病院へ移送され、術後に問題が生じない限りレジデントに管理させ、指導医は患者を診ないまま退院や転院を指示する。

ヒポクラテスは「外科医を志す者は戦場に行け」と言ったが、それは現代でも生きていると思う。

鈴木隆雄(Emergency Medical Center(イラク・アルビール)シニア・メディカル・アドバイザー)[戦傷外科]

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