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【識者の眼】「適切な栄養素摂取のための補綴処置(入れ歯)の必要性」槻木恵一

No.5108 (2022年03月19日発行) P.64

槻木恵一 (神奈川歯科大学副学長)

登録日: 2022-03-04

最終更新日: 2022-03-04

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8020運動は、80歳で20本の歯を残そうという国民運動で、23年が過ぎた。この間8020運動は非常に効果を上げており、5年ごとの歯科疾患実態調査で、歯の残存数は毎回増えている。歯を残すことは、「おいしく食べる」「見た目をよくする」など生活に欠かせない意義がある。しかし医学的な意義のPRは、不足している。

歯の最大の役割は、咀嚼である。咀嚼とは、食べ物を口に入れ粉砕し、唾液と混ぜて食塊をつくり、嚥下へと導く前段階の運動である。この咀嚼の研究は非常に多く、健康科学的意義の解明も進んでいる。特に近年注目されているのは、大臼歯が欠損し咀嚼機能が低下すると、糖質の摂取量が増加することである。一方、蛋白質、食物繊維、ビタミン、ミネラルの摂取量は低下する。

すなわち咀嚼機能の低下は、糖質偏重による高カロリー低栄養食になる傾向がある。スウェーデンで22年間追跡した調査でも、当初から無歯顎であった人は、肥満になる割合が3倍になったと報告している。また、歯の減少と生命予後との関連を調べた縦断研究も多く、歯の本数が多いほうが長命の傾向がある。このメカニズムの詳細はまだ十分に解明されていないが、歯の欠損による高カロリー低栄養食と生活習慣病の進展や身体機能の低下との関連が疑われている。

歯の欠損に関しては、歯科では補綴処置を行う。歯の欠損を入れ歯(補綴物)で補うことは、元の咀嚼機能を回復することはできないが、大きく機能改善に寄与する。しかし、補綴処置すれば適切な栄養素を摂取するようになるとは限らないようで、栄養指導も併せて行うことが重要であったと報告されている。

今後、医科を受診する歯を欠損した患者には、栄養の観点から、歯の欠損を放置しないで、積極的に歯科での受診を進めて頂きたい。そして、医科歯科連携による栄養指導を適切に行うことは、国民の健康に貢献する重要な取り組みになるのではないだろうか。

ホモサピエンスは、何でも食べるという特徴がネアンデルタール人と異なる点のひとつであるそうだ。歯がだめになり何でも食べられなくなると、ホモサピエンスは俄然弱くなるのかもしれないが、現代の医科歯科連携医療は、ホモサピエンスを十分救えるはずである。

槻木恵一(神奈川歯科大学副学長)[医科歯科連携医療]

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