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なぜ、福島事故後10年を振り返るのか[福島リポート(33)]

No.5055 (2021年03月13日発行) P.54

長谷川有史 (福島県立医科大学医学部放射線災害医療学講座主任教授)

登録日: 2021-03-11

最終更新日: 2021-03-09

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福島第一原子力発電所の周辺地域

10年間放置された家屋、セイタカアワダチソウの平原、除染土を運ぶ白ダンプの車列、除染土を入れる巨大コンパネ袋の丘、天気予報の最後に映る県内各地の放射線量─。来県される皆様にとっては奇異に映るのかもしれない。しかしこれらは福島で暮らす私たちの日常風景の一つである。

福島第一原子力発電所事故(以下、福島事故)で避難指示が発出された地域では、高齢化と過疎化が進んだ。2021年1月29日時点の福島県民の避難先別避難者数(参考:2011年12月時点の避難者数)は県内が7211(9万5200)人、県外が2万8959(5万9464)人で、いまだに3万人以上の福島県民が避難を余儀なくされている1) 。2021年1月1日時点の福島事故避難指示11市町村の居住率(住民登録者に占める居住者の割合)は2.8~90.1%で、避難指示解除後の帰還率は必ずしも高くない。先日、居住者の高齢化率(人口に占める65歳以上人口の割合)は27.7~63.8%と報道された2) 。昨年の我が国全体の高齢化率が28.7%、福島県全体のそれが32.1%であるから、住民が避難した自治体では深刻な過疎化と高齢化が進んでいる事が推察される3) 4)。福島事故後、福島県の1人当たりの医療費支出、被災地域の高齢者1人当たりの介護に要する公的支出が増加した5) 6)

福島事故後10年間、現在までに放射線の確定的・確率的影響が原因と考えられる患者は発生していない。不幸中の幸いにも、福島事故後の放射線量は今までのところ人に直接的な健康影響を来す規模ではなかったと推察されている7)。だが、放射線の直接影響では説明できない間接的な健康影響が出現した。県民健康調査の結果などからは、生活習慣病・生活不活発病やそのリスクの増加、こころの健康度の低下などが指摘されている7)8)。しかし、これらの結果の解釈は多様であり、時に集団間の摩擦や対立に発展するシーンも目の当たりにしてきた。結論として、福島事故は、事故以前から地域に潜在する医療問題を顕在化させた。のみならず、明らかになった課題の解釈は多様かつ複雑で長期化している。

福島第一原子力発電所の廃炉作業

1~4号機が大損傷した福島第一原子力発電所(以下、福島第一原発)では、2014年12月までに4号機内、2021年2月には3号機内の核燃料取り出しを終え、今後は1・2号機の核燃料取り出しが予定されている。しかし、1~3号機に残る大量の核燃料デブリについては、その取り出し方法はもとより状況把握すらなされておらず、廃炉作業は今後少なくとも数十年は継続する。

2021年1月までに、福島第一原発廃炉作業中に計14名の構内作業員が死亡した。2017年度までは死亡事例が年間2~3件発生していたが、近年はその発生頻度が減少した。廃炉作業に伴う外因死の原因は、土砂生き埋め、高所床面穴からの墜落、低速度稼働構造物による圧迫窒息などであった。これらは放射線被ばくや放射性物質汚染とは関連を認めがたいが、防護衣や呼吸防護具等の防護資器材装着による環境情報検知力低下との関連が否定できなかった。一方、直近6件の構内死亡原因は全て急性冠症候群等による内因性死亡であった。留意すべきは、現在でも福島第一原発構内廃炉作業は内因・外因を問わず人の死に直結するリスクを有し、それが長期にわたり継続するということである9)

廃炉作業現場ではα核種の内部汚染に警戒している

福島第一原発の廃炉作業現場では今後、より汚染密度の高い現場での作業が予定されている。関係者が現在最も警戒しているのは、α核種による作業員の内部汚染である。福島第一原発構内ではβ・γ核種の汚染密度に比例してα核種の汚染密度が上昇する。加えて現場別の137Csに対するα核種の存在比率が調査されており、1~3号機の格納容器内、プロセス主建屋内では他の作業現場と比較してα核種の汚染リスクが高い事が予想されている10)。釈迦に説法であるが、α核種が体内に取り込まれると、同じ放射性物質量[Bq]であってもβ・γ核種と比較して高い生体影響[Sv]を受ける可能性がある。そのため汚染後早期の除染やCa-DTPA(キレート剤)投与の迅速な判断が求められる。

福島第一原発の廃炉作業において、α核種の内部汚染は現在まで認められていない。しかし、β・γ核種の内部汚染は数件発生している(福島第一原発では4Bq/cm2以上の汚染を認めた場合を外部汚染として取り扱い、除染を行っている)。内部汚染者の預託実効線量(50年間分を前倒しして算出した生体影響推計)はいずれも0.5mSv以下であり、汚染記録レベル(≧2mSv)以内に制御されている。
銘記すべきは、真に放射線リスクの高い廃炉作業が始まるのはこれからなのである。

4つの弱点

「長谷川先生の反省は、まさにPictetの4つの弱点だねぇ」。福島事故時の反省をセミナーでお話しした際に、フロアの先生から授けていただいて以来、Pic-tetはことあるごとに自分の弱さとその本質を教えてくれる。ジャン ピクテ(Jean Pictet、1914~2002、ジュネーブ生まれ。元赤十字国際委員会副委員長)は人が潜在的に持つ弱点を「認識不足・無知」「利己心」「無関心」「想像力の欠如」の4つに整理した11)


①認識不足・無知 ignorance
私は物事の本質を理解するのが苦手で、そのくせそれを理解しようと努力しない。福島事故当初は基本的な放射性物質の知識を持たなかった。BqとSvの違い、被ばくと汚染の違い、放射線計測器の使い方など、身近な生活に潜むハザードの基本知識を知らぬばかりか知ろうともしなかった。

②利己心 selfishness
私は他人の立場になって物事を考えるのが苦手である。「汚染の有る患者を受け入れることは出来ません。僕たちには放射性物質の知識も技術もありません」と福島事故発生当時、救急外来リーダーの立場で発言している。数日後、師から問われて愕然とした。「長谷川はさぁ、放射性物質が付着しているという理由だけで、普段は提供できるはずの医療を提供できなくてもいいの?」。

③無関心 indifference
私は社会の出来事への関心が低く、できたら関わりたくないと考えがちである。福島事故以前は、救急部門担当にも関わらず原子力防災訓練に参加した事がなかった。原子力事業所立地県の医師であったにも関わらず、放射性物質という身近なハザードに関心がなかった。ピクテは無関心の事を「利己心の慎ましく仮装した形」と実に上手く表現している11)

④想像力の欠如 lack of imagination
私は未来を想像する事や、自身の行動・発言がもたらす影響を予測する事が苦手である。自然災害(地震・津波)に原子力災害(放射性物質の環境拡散)が伴う福島型複合災害など想像もつかなかった。そして、その後の緊急避難により多くの命が失われ、半年にわたり高い死亡率が持続することなど想像もつかなかった。事故後早期の放射性ヨウ素の内部汚染検査と甲状腺被ばく線量推計の重要性にもっと早く気づき、多くの測定記録を残しておけば、不確かな被ばく線量推計の幅を今よりもう少し狭められたかもしれなかった。

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