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最後の学術講演/快走! 赤いコンバーチブル/ひめゆり部隊に涙する[なかのとおるの御隠居通信 其の19]

No.5196 (2023年11月25日発行) P.66

仲野 徹 (大阪大学名誉教授)

登録日: 2023-11-22

最終更新日: 2023-11-21

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4泊5日の沖縄旅行、前半は学会で後半は観光でしたが、すごく充実してました。いらんかもしらんけど、そのご報告をば。

最後の学術講演

日本再生医療学会の科学シンポジウムで特別講演をしてくれとお呼びがかかった。もう隠居やからと最初はお断りしたのだが、シンポジウムのテーマが「幹細胞、最高!? 幹細胞、再考!!」ということなので、お受けすることに。「再考!!」なら、昔を知る年寄りの出番があってもよろしいやろ。

幹細胞研究の歴史と自分の研究を重ね合わせて「幹細胞学 温故知新」と題してお話しした。構想を練るのに時間がかかったし、古い資料からスライドを作るのも結構な手間だった。でも、いろいろなことが思い出されて、とても楽しい作業だった。

研究を始めた頃、40年くらい前、幹細胞研究というのは決してメジャーな分野ではなかった。それが大きく変わったのは、教授になった4半世紀ほど前、再生医学が現実味を帯びだした頃からだ。

ちょうど20年前に『幹細胞とクローン』(羊土社)という本を出版した。何を書いたかもすっかり忘れていたのだが、その内容から話を始めた。神経幹細胞や間葉系幹細胞が存在することがわかりだした頃で、iPS細胞などなかった時代である。そう考えると、幹細胞学研究は質的にも量的にも飛躍的に発展してきたことがよくわかる。

100名ほどの出席者、昔なじみの先生も何人かおられたが、知らない若手研究者が圧倒的に多い。この15年ほどは幹細胞研究から離れていたので、気分は浦島太郎である。主観的にはよくウケたと思ったが、みなさんの勉強になったかしらん。

一般向けの講演や研究不正、その他、にぎやかしの講演などはこれからもお受けするが、学術的な講演はこれを最後にする。今回はテーマが特別だったので引き受けたけれど、隠居が学術講演をするっちゅうのはよろしくなかろう。そう考えて臨んだこともあって、相当に感慨深かった。

快走! 赤いコンバーチブル 

沖縄へ行く1週間ほど前、なんと小泉今日子さんとお話をする機会があった。知り合いのライター・和田靜香さんが小泉さんとトークショーをされたので、そこへ押しかけさせてもらったのだ。いやもう、ホンマに嬉しかった。握手までしてもろたし。

キョンキョンといえば「なんてったってアイドル」の「♪赤いコンバーチブルからドアをあけずに飛びおりて……」である(知らない若者は検索してみてください)。学会が終わっての沖縄観光、まずは美ら海水族館までドライブ。ここはもう小泉さんにちなんで、ちょい割高だけどMINIの真っ赤なコンバーチブルを借りるしかなかろう。人生初のコンバーチブルである。最高気温が29℃と暑い日だったが、走り出すと風の涼しさしか感じない爽快さに感激した。

美ら海水族館は素晴らしかった。単に大きい水族館だろうと思っていたし、実際にそう言えないこともない。しかし、これまでに行った水族館とまったく印象が違った。いやぁ、サイズがある限界を超えると、質的にもまったく違ったものになるということを実感しましたわ。

ひめゆり部隊に涙する

翌日は、もったいないので普通のレンタカーに借り換えて島の南部を観光に。まずは早朝、ひめゆりの塔へ行った。こんな洞窟が野戦病院だったのかと驚きながら、ひめゆり平和祈念資料館が開くのをぼんやりと待っていた。すると、館員の方が「まだ少し早いけれど入られますか?」と声をかけてくださった。なんでも、朝一番に修学旅行の団体が予約されているので、いっしょになるとゆっくり見られないでしょうからと。なんと親切な。断る理由などなにもない。お言葉に甘えることにした。

ひめゆり部隊、聞いたことはあったが、詳しいことはまったく知らなかった。展示を見て解説を読んでいると涙が自然にあふれてきた。しかし、息をのみながら滂沱の涙が流れ出したのは「鎮魂」と名づけられた部屋に入ったときだった。沖縄戦で亡くなった227人の生徒と教師の写真と経歴(といっても生徒達は20歳前に亡くなっているのだからどれも短い)が展示されている。

生徒たちの残した文章も読めるようになっていて、悲惨さと悲壮さのリアリティーが強烈だ。これだけ涙が流れたのは知覧特攻平和会館しか記憶にない。修学旅行の中学生たちは何をどう感じただろうか。

次は平和祈念公園へ。「平和の礎」には、沖縄戦で命を落とした24万人余の名前が黒御影石に刻まれている。ひめゆり部隊の千倍以上である。あまりの多さに圧倒されたせいか、不思議と涙は出なかった。こんなところで数が感情の質を変えさせてしまってはダメではないか。あるいはもしかすると、ある意味で記号化された名前とリアルな写真の違いなのかもしれないのだけれど。

幹細胞と戦争などまったくレベルの違うことだが、歴史について、それから質と量との関係について、いろいろと考えさせられて、実に有意義な旅になりました。

仲野 徹 Nakano Toru
大阪市旭区生まれ。1981年阪大卒。2022年4月より阪大名誉教授。趣味は読書、僻地旅行、義太夫語り。『仲野教授の笑う門には病なし!』(ミシマ社)大好評発売中!

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