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【識者の眼】「情報提供義務違反によって支払われる金銭の性質」山下慎一

No.5172 (2023年06月10日発行) P.64

山下慎一 (福岡大学法学部教授)

登録日: 2023-05-30

最終更新日: 2023-05-30

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もう梅雨ですね。山下です。さて今回は、No.5160でご紹介した特別児童扶養手当に関する裁判例についてお寄せ頂いた、重要なご指摘を紹介したいと思います。

ご指摘をくださったのは、長年、特別児童扶養手当などに関わる診断書の作成をされており、それらの給付のあり方に関して問題意識を持ってこられた外科医の先生です。ポイントは、これらの給付が「遡らない」点です。

法律上、これらの給付はあくまで障がいをお持ちの方の申請後から給付が開始されます。つまり、「障がいの発生」から「手当の申請」までにタイムラグがあったとき、給付が「障がいの発生」時点まで遡って開始されることは(天変地異などのごく例外的なケースを除いては)ありません。だからこそ、給付の対象になりうる人が給付の存在を知らなかった(適切な情報提供がなされなかった)ケースで、法的な紛争が生じることになります。

ここで、No.5160でご紹介した特別児童扶養手当に関する裁判例をもう一度見てみましょう。この事案では、行政の窓口担当者による不適切な情報提供により、原告側がおよそ5年間にわたって手当の給付を受けられていませんでしたが、裁判で勝訴した結果、その5年間分の金額を勝ち取ることができました。この説明を一見すると、原告が、5年前の時点にまで「遡って」、手当の給付を受けたようにも見えます。

しかし実際には、この裁判例で原告が得たのは、5年間分の手当に相当する金額の「損害賠償」であり、あくまで手当そのものではありません。つまり、原告が得た金額は同じでも、金銭の性質が違うということです。

なぜ裁判所がこのような処理をしたかというと、原告側が、手当そのものの遡っての給付ではなく、手当相当額の損害賠償を請求したからです。ではなぜ、原告側がその請求を選択したかというと、裁判のしくみ(訴訟提起の前提条件など)との関係から、損害賠償のほうが請求しやすいためです。

それでは、なぜ私が上記の裁判例を改めて詳しくご紹介したのかというと、この論点、つまり「情報提供義務違反によって原告が得る金銭の性質の違い」が、医療法人等の抱える訴訟リスクに関して非常に重要だからです。簡単に言えば、情報提供義務を果たさなかった医療法人等は、公的な給付に相当する金額を、事実上「肩代わり」させられる恐れがあります。

次回は、これまで紹介した裁判例などに触れつつ、この点を詳しくご説明します。

山下慎一(福岡大学法学部教授)[情報提供の義務][特別児童扶養手当][損害賠償][社会保障][障がい]

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