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【識者の眼】「『認知神経科学』から考えるリハビリテーション」大沢愛子

No.5220 (2024年05月11日発行) P.59

大沢愛子 (国立長寿医療研究センターリハビリテーション科医長)

登録日: 2024-04-22

最終更新日: 2024-04-22

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本年2024年の6月29〜30日に開催される第29回認知神経科学会学術集会(前島伸一郎大会長、国立長寿医療研究センター)の運営委員長としての準備が佳境に入っている。医療や福祉に関係していれば、「認知機能」という言葉は日常的に使用するが、「認知神経科学」というのは普段あまり耳にしない言葉で、かつ、馴染みの少ない学問領域ではないだろうか。

認知神経科学が何たるかということについてはいまだ議論されているが、認知神経科学会前理事長の本村暁先生の言葉を借りると、そのテーマは“社会から遺伝子まで(原文:from society to gene)”広く包含し、政治、経済、芸術、文化への脳神経系の関与について考える学問である。臨床、研究、教育、いずれの現場からも参画可能で、患者や被験者の分析のみならず、観察する側の医師や研究者の行動の脳科学による分析、ひいてはヒト以外の生き物や人工知能なども分析対象となるとされている1)

リハビリテーション医学では、運動学や生理学など基礎的な分野ももちろん重要であるが、実臨床においては、様々な障害を持つ患者に起こっている現象を医学的な知識と照合しながら解釈し、問題の原因を分析して治療を行う。患者側に関しては、反射などの特殊な運動を除いて、ほぼあらゆる運動や活動は脳からの指令で行われており、運動学習など、一見、運動の治療をしているようでも脳機能の関与は無視できず、よい運動学習を導くためには脳機能についてもアプローチを行うことが大切である。

一方、治療者側が患者の治療を行う際には、動かない手をみる、固くなった膝関節をみる、などと障害部位だけを機械的に治療するのではなく、手が動かないことや膝の関節可動域が制限されることで、生活上どのような問題が生じるかを考えることが重要である。そして、人として社会生活にどのような制限が生じ、それを治療によっていかに緩和・除去できるかを考える。つまりは患者と治療者の関わりの中で、疾病や外傷に起因する障害を治療し、日常生活や社会生活を継続できるようケアすることがリハビリテーション医療であり、そのすべてのプロセスにおいて人間同士の認知的な関わりが不可欠である。

さらにリハビリテーションにおいては、運動のみならず認知機能(高次脳機能)も重要な治療標的としている。外傷性脳損傷、脳卒中、脳腫瘍、認知症など、認知機能の低下が生活障害を引き起こす疾患は非常に多い。

運動のイメージの強いリハビリテーションだが、このように運動や活動と認知は切り離すことができず、認知について考えることは、患者の行動や生活を治療しケアする1つのヒントとなる。

一方で、何でもかんでも「認知機能の低下」を理由に丁寧な診察や熟慮に基づく医療を放棄する場面も目にする。この機会に、認知活動が脳内の神経回路によってどのように影響され制御されているかを考え、患者を認知的な存在として診ることの重要性を再認識したいものである。

【文献】

1)本村 暁:認知神経科学. 2020;22(1):1-2.

大沢愛子(国立長寿医療研究センターリハビリテーション科医長)[脳機能][運動機能][認知活動]

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