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「早く死にたい」と言う患者への対応【社会や医療の自己決定・自己責任の原則が患者を追い詰めているのでは】

No.4809 (2016年06月25日発行) P.56

新城拓也 (しんじょう医院院長)

登録日: 2016-06-25

最終更新日: 2016-12-16

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【Q】

がん患者や高齢者の中には,「早く死にたい」と言う人がときどきいます。真剣にそう言われた場合,医療者はどのように対応すべきでしょうか。しんじょう医院・新城拓也先生のご教示をお願いします。
【質問者】
長尾和宏:長尾クリニック院長

【A】

何度も診療している患者といろいろなことを話せるようになった,心が通じたと思っているときに,「死なせてほしい」と言われてしまうことは,私も今までに何度も経験があります。患者も心を開いて「この医師には自分の本心を話せる」と思うようになると,その本心を話すようになるのです。「もうこんな状態で生きているのは嫌,お願いだから死なせて」「先生の責任は問わないから,どうかお願いします」と真剣な表情で患者に切望されてしまうと,どう答えたらよいのか,本当にわからなくなります。
「日本では安楽死は認められていません!」と相手の口をふさぐような返事もきっとその場にそぐわないものです。こういう話を私はしたくない,と患者に伝えるには効果的でしょうが。「でしたら,明日にでもあなたが死ねるように準備しましょう」と,本当に患者の望みをかなえるような約束もできないはずです。また,「死にたい」と言われた医師も患者の状態をわかっていればこそ,「それが本音かもしれない」と考えて,どう返してよいのかわからず,絶句してその場に立ち尽くしてしまうことでしょう。
この問題を考える上で,ひとつの研究を紹介します。日本で,呼びかけても起きないような深い鎮静を施したがん患者の中で,精神・実存的な苦痛に対して行った状況についての調査です。それによると,緩和ケアに従事する36%の医師が,精神・実存的な苦痛に対して,深い鎮静を実施した経験があることがわかりました(文献1)。
精神・実存的な苦痛として,「死にたいほどつらいこと」というのは,生きる意味が見出せないことや,他人への負担感であることが示されています。
しかし,どのような病気であっても,ある時期に他人の世話になることは避けられないはずです。なぜ人は他人に自分をゆだねる,依存することを苦痛と感じるのでしょうか。それは,「自分のことは自分でする」と幼い頃から教育されているからでしょう。「できるだけ他人に頼らず,自分のことは自分でする。それが自立・自律である」という信念です。この信念を持ち続けて生きていくと,自分が弱ったときに,自分のことが許せなくなります。そして,弱った自分を助けようと手を差し伸べてくる援助者に対して,その手をはたき落として援助を拒否し,さらには,この生を自分の力で終わらせたい,コントロールしたいと考えるのです。力のある医療者,援助者が手を差し伸べても,他人に依存することを拒絶する患者には,援助ができません。
ケアを拒絶し,現実を拒絶し,さらには自分自身を拒絶する患者にどのような援助ができるのでしょうか。幼い頃からの教育は,何か誤った信念を人の心に植えつけているのでしょうか。繰り返し社会の中でも,医療の中でも患者に問い続ける,「自己決定」(=自分のことは自分で決める),「自己責任」(=自分の生き方は自分で決める)という,生きていく上での原則が,「こんな状態で生きていくのなら,死んだほうがよい,早く死なせてほしい」と患者を追い詰めているのではないでしょうか。ならば,患者だけではなく,私たちすべての今を生きている人々の考え方に,もしかしたら根本的な誤りがあるのではないでしょうか。

【文献】


1) Morita T:J Pain Symptom Manage. 2004;28(5):445-50.

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