株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

日本の法律上,安楽死や自殺幇助はどう罪になる?

No.4781 (2015年12月12日発行) P.66

加藤久雄 (加藤久雄法律事務所所長 弁護士/ 国際比較「医事刑法」・「犯罪学」研究所所長/ 日本精神保健福祉政策学会理事/ 日本犯罪学会理事)

登録日: 2015-12-12

最終更新日: 2018-11-27

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

【Q】

安楽死は刑法の殺人罪にあたりますか。また,自殺は刑法で禁止されていると考えられるのでしょうか。 (愛媛県 M)

【A】

まず,安楽死は,刑法第202条で嘱託(同意)殺人罪となります(「人を教唆し若しくは幇助して自殺させ,又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺した者は,6月以上7年以下の懲役又は禁錮に処する」。ただし,罰金刑はありません)。「自殺」・「自死」は,刑法で禁止されていません。ただし,「自殺」企図者を幇助して死に至らしめた者は,第202条で処罰されます。
さて,「安楽死」を巡り争われたのが「東海大学病院殺人(安楽死)事件」(横浜地裁判決1995年3月28日)です。被告人(医師)は,懲役2年,執行猶予2年の有罪でした。この事件の不可解な点として,検察側は,「父を早く楽にして下さい」と新任の医師を責め立てた(教唆した)長男に対して,(1)長男を「殺人教唆(そそのかし)」で起訴しなかったこと,(2)前任の担当医は,学会出席のため新任の被告人にすべての責任を押しつけたのに何のお咎めもなかったこと,としています。別の「安楽死」事件(医師でない息子が青酸カリで父親を殺害)で有罪判決を出した名古屋高裁は,「安楽死」許容6要件〔(1)不治の病,(2)(死苦の)苦痛,(3)死期が近い,(4)本人の明示の意思表示(同意),(5)医師の手による,(6)方法の妥当性〕を提示し,以後のリーディングケースとなりました。
また,安楽死には,患者本人の自発的意思(死にたい)に応じて,患者を故意に死に至らせる「積極的安楽死」と,患者本人が意思表示不可能な場合は親・子・配偶者などの自発的意思に基づく要求に応じ,延命治療を継続せず,または,治療を中断・終了することにより,結果として死に至らせる「消極的安楽死」があります。親族らの同意のない消極的安楽死は,治療義務のある医師の不作為による殺人罪(刑法第199条)で,殺人幇助罪・承諾殺人罪(刑法第202条)ではありません。刑法では,積極的安楽死は認められておらず,もしこれを行った場合には,殺人罪(第199条)の対象となります。
さて,治療行為中止(尊厳死)の要件について,川崎協同病院の筋弛緩剤事件(東京高裁判決2007年2月28日)では,「尊厳死」を規定する法律がない中,終末期医療の現場でのできごとを裁く難しさを示しました。被告人は,気管支喘息発作で入院から15日目の患者の気管内チューブを抜き,准看護師に筋弛緩剤を投与させて窒息死させました。判決は,「尊厳死の法的規範がない中,事後的に非難するのは酷だ」と述べた上,「尊厳死の問題は,国民が合意する法律制定やガイドライン策定が必要だ」と指摘しました。
この事件も最初は,患者の妻や家族の同意がありました。その後,暴力団員の長男が賠償金目当てに「母親」等の同意を否定したのです。そして,チューブを抜いたことについて「家族の要請」があったことを減刑理由としながら「家族の『明確な意思表示』があったとまでは認められない」としました。家族の意思不明の場合は,「医療チーム」で判断する体制が必要です(日本救急医学会のガイドライン案)。
次に,安楽死と尊厳死の違いが問題になります。尊厳死とは,人間が人間としての「尊厳」を保って死にのぞむことです。終末期の患者が「尊厳」を保つための手段として,最近では,ペイン・コントロール技術の積極的活用が必要です。尊厳死の場合には,実際に患者が死を迎える段階では「無意識の状態」の場合が多いため,事前に延命行為の是非に関して宣言するリビング・ウィル(living will)が有効な手段です。簡単に言えば,安楽死の場合は,「意識」ある患者の死苦の苦痛の除去が結果として「死」を招来します。尊厳死の場合は,意識がない(例:植物状態で「脳死」ではない),だけで,肉体的には「延命」の可能性がありますが,末期がん患者など治癒の見込みのない人々を殺害することになるので,最低条件として「延命を拒否」するリビング・ウィルが必要です。
最後に,「自殺」について若干のコメントをします。親子無理心中の場合で,親が子どもを殺害後,自死を試みたものの未遂に終わった場合は,自殺企図者(親)は殺人罪に問われます。また,ノイローゼ患者が企図する「拡大自殺における未遂」の場合も同様です。

【文献】

▼ 加藤久雄:ポストゲノム社会における医事刑法入門. 新訂版. 東京法令出版, 2006, p456以降.

関連記事・論文

もっと見る

関連書籍

関連物件情報

もっと見る

page top