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大学医局による就職の妨害

No.4726 (2014年11月22日発行) P.65

斉藤 豊 (弁護士)

登録日: 2014-11-22

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

国立大学医学部の医局員の知人は,関連病院Aに派遣されていたが,医局長の指示で関連病院Bへの異動を命じられた。しかし,この異動を受け入れず,体調不良のため関連病院Aを退職した。この後,関連病院Cへの転勤を希望し,関連病院Cも医師不足のため当該医師の就職を歓迎しているが,医局(長)の方針により関連病院Cへの就職が実現しないという。
a.このような,医局による就職の妨害はパワーハラスメント(パワハラ)に当たるか。b.このパワハラは医師法第1条および国家公務員倫理法違反,c.あるいは日本国憲法第22条第1項が保障する職業選択の自由の侵害に当たるか。そして,d.医局を辞めても就職が妨害される場合は不法行為となるか。 (東京都 K)

【A】

[1]職場におけるパワハラの問題
職場におけるパワハラの問題は,その結果(被害)であるメンタル系疾患の患者の増加とともに,一種の社会現象となっている感すらある。厚生労働省もこのような実態を受けて,職場のパワハラを「職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に,業務の適正な範囲を超えて,精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」と定義して,その防止を呼びかけている。
厚生労働省が挙げる6つの類型には,(1)身体的および(2)精神的(言葉やメールなど文書による)攻撃といった当然のものもあるが,(3)人間関係からの切り離し,(4)過大な要求,(5)過小な要求,(6)個の侵害,といった行為もパワハラの典型例とされている。(3)は隔離・仲間外し・無視,(4)は業務上明らかに不要であったり遂行困難な仕事の要求,(5)は逆に能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じたり,仕事外しをすること,(6)は私的な問題に対する過度の介入,と説明されている。

[2]パワハラが問題とされる前提事情
実際にどのようなパワハラが違法と認定されるかは,特にそれが業務上の指示や指導といった形をとる場合,判断が難しいことが多い。一般的には,その指示等が業務上の必要性に基づいていない場合,(必要性があるように見えても)その指示等が退職強要や,組合いじめ等社会的に許容されない不当な目的や動機に基づいている場合,その指示等が労働者の甘受すべき程度を超えた不利益を生じさせるものである場合,のいずれかに該当するときは違法と判断される可能性がある。
退職の強要や転職妨害といった行為は,以上のパワハラの定義のいずれかに当てはまれば,それを行った上司等の行為が違法と認定され,退職の無効や転職妨害による損害賠償の問題が生ずる。もっとも,パワハラの概念は,あくまでも「職場における」上司と部下といった職務上の関係や,あるいは「職場の」同僚同士といった,当事者間にある程度限定された法律関係が存在することを前提とするものであり,逆にそのような明確な権利義務の関係がない場面での行為まで当然に対象とするものではない。したがって,直接の雇用関係のない任意の団体である医局内での圧力や,その団体の構成員間での事実上の指示等が,法律,判例で認められるパワハラと言えるかどうかは慎重な検討を要する問題である。

[3]医局人事とパワハラの問題
医局の組織や医局人事の実態は,各大学,地方によって異なるものであり,「医局」の一般的な定義も難しいが,ここではとりあえず,公組織としての大学(あるいは附属病院)の管理下に置かれていない大学医学部内の任意の人事システム,ないしはそのシステムが及ぶ医師集団と考える。
医局も,大学という「職場」を前提としたシステムないしは人的集団である以上,医局における人事運営の中で,冒頭の定義の(1)から(6)に該当するような行為が行われた場合に違法なパワハラとされ,これに対する法的救済(損害賠償の請求,転職強要の無効)の問題が生じうる場合は当然にある。
しかし,それは医局自体の問題というよりも,大学職員が同じ大学職員である医局員に対して行った行為として問題にしうるのであり,医局員が大学職員としての立場を離れている場合は問題を異にする。任意団体であり,団体構成員間に明確な法的権利義務関係のない医局の場合は,人事問題全般について大学職員間の問題と同様に扱うことはできないからである。
質問a.の場合は後者に属する。この場合,当該医局員が医局の関連病院への就職・転職について医局の意向に従うことを前提として医局に所属し,就職のあっ旋,研修等で医局にいるメリットを享受しうる立場にあることを考慮すると,自らの意向に沿わない医局長の指示があるというだけでは,直ちにパワハラの問題が生ずるとは言えない。パワハラの法理が適用されるためには,少なくとも,その前提として,医局長と当該医局員の間に「職場における」上司・部下の関係に匹敵する法的ないし事実上の関係が存在することを証明する必要があろう。
C病院との関係についても,C病院自体も医局人事システムの恩恵を受けていることを念頭に置く必要がある。医局長にC病院の医師採用権限を不当に侵害したと言える行為があれば格別,そうでなければ,病院が医局との関係を優先させて医局の意向に反する個別の採用を拒んだからと言って,そこに法律上の問題が生ずるわけではない。

[4]国立大学の医局員の行為と医師法,国家公務員法等の関係
質問b.c.は,パワハラが成立することを前提とするものであるが,仮にそうだとしても,医師法第1条,国家公務員倫理法,憲法第22条第1項等の規定はここでは適用されない。医師法の規定は,医師の定義規定であり,パワハラの成否とは直接関係ない。また,国立大学は2003年制定の国立大学法人法により独立行政法人となり,その職員は非公務員とされて,労働基準法,労働契約法等の通常の労働契約関係を規律する法令の適用を受けるようになったため,公務員関係法令の適用はない。
たとえば,医局長である大学職員が,医局員である大学職員の就職,転職を不当に妨害したとしても,これらの法律が適用となり,また損害賠償請求については,公権力の行使を前提とする国家賠償法第1条ではなく,民法第709条等に依拠することになる。職業選択の自由を保障する憲法第22条第1項は直接適用されず,公序良俗(民法第90条)違反として間接的に適用されるにすぎない。

[5]医局を辞めた場合の妨害
以上に対し,質問d.の場合は様相を異にする。妨害行為の内容にもよるが,当該医局員が医局に所属していることによるメリットの享受を放棄し,医局から離脱している以上,部外者となった医局長が,報復的に他人の活動に対して介入しうる余地はかなりの程度限定されることになる。たとえば,元医局員の評価について,積極的にこれを悪く言うなどして就職を妨害したり,また当該医局員の問題に言及しなくても,露骨にほかの人事で協力しない意向を示して病院側に採用を断念させるといった形で圧力をかけ脱退医局員の就職妨害をする行為は,一般の不法行為法の対象となり,その程度によっては違法の評価を受ける場合がある。

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