私は村上春樹と同じ時代に、彼が育った芦屋市の隣にある兵庫県西宮市で過ごしたので、彼の作品には特別な思い入れがあります。彼の小説には、タイトルや文章内で1963や1984といった年代がよく登場してインパクトを与えています。医療分野でも2025年問題を含む、節目の年代が重要な役割を果たします。そして、最近の大きな話題は、2024年に予定されている「医師の働き方改革」です。
私たちが研修医や専門医をめざしていた頃、また医師になってからも、寝食を忘れて患者対応に専念していました。私の同級生の多くが脳出血、心筋梗塞、悪性腫瘍に罹患し、1割以上が70歳までに亡くなりました。医師以外の友人ではこのようなことはなく、激務が影響したことは十分考えられます。
人口1000人当たりの医療資源をOECD38カ国で比較すると、わが国の医師数は2.4人で27位、ベッド数は13で1位、1病院当たりのベッド数は190で13位、医師1人当たりの年間外来診療件数は5000件で2位になっています。ただでさえ少ない医師が担当する入院患者、外来患者の数が非常に多く、多数の中小規模の病院を掛け持ちしている医師の姿が見えてきます。また患者に対応しながら、書類作成のような事務仕事、医療の中で比較的難易度の低い仕事なども負担しています。私は放射線科の専門医でしたが、病院勤務している頃は、何十人もの造影剤注射や副作用説明に時間を取られ、仕事に集中できなかったのが悩みの種でした。
「医師の働き方改革」は、他の職種へのタスクシフト/タスクシェア、デジタル化を含め、医師の働き方を改善し、効率的な医療を提供しようとする試みです。これは医師のボランティア精神によって成り立っている日本の医療を変革する、非常に重要な取り組みです。年間の時間外労働を最大960時間までに制限しようとしていますが、これでも一般の労働者に比べると非常に長い労働時間です。大学病院のアンケートによれば、960時間の制限ですら守っているのはわずか60%にすぎません。
時間管理が厳格化された場合、大学病院からの医師派遣に頼っている病院、とりわけ地域の病院が危機に瀕するという懸念も出ています。医師を急に増加させることはできないので、病院での働き方改革に加えて、患者はもとより国民の意識変革が重要です。以前、兵庫県の県立柏原病院では、危機的状況に至った小児科を存続させるため、市民が小児科を守る会を結成して、コンビニ受診等を自主規制して医師流出を防止したことがありました。マスコミには、病院が長時間の時間外労働をさせていたという報道だけではなく、患者側の意識改革を主導し、働き方改革を支援する機運を高めてほしいと願っています。
医行為ができる看護師や診療放射線技師などの養成については、十分に進展していません。病院での活躍が期待されている薬剤師についても、多くの病院で病院薬剤師が不足しています。デジタル化に関しても、電子カルテの互換性はまだ進展途中であり、スマートフォンやAIを活用した診療も広がりが見られません。少ない医療人材で良質な医療を提供するためには、病院の統合再編、役割分担、連携が重要ですが、遅々として進んでいません。本質的な問題に取り組むよりも小手先のアプローチに偏っているのが現状です。
「医師の働き方改革」を契機にして、日本の医療システムを大きく改革することが重要です。それには痛みを伴うかもしれませんが、病院が知恵を出すのは勿論のこと、国全体で取り組むべき重要な課題です。
杉村和朗(兵庫県病院事業管理者)[医師派遣][国民の意識改革]