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【識者の眼】「福島第一原発からの処理水の放出について思うこと」堀 有伸

No.5183 (2023年08月26日発行) P.62

堀 有伸 (ほりメンタルクリニック院長)

登録日: 2023-08-08

最終更新日: 2023-08-08

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2011年に事故を起こした東京電力福島第一原子力発電所の廃炉のための作業は、これからまだ数十年の時間がかかると予測されています。そんな中で現在、貯まる一方の処理水を太平洋に放出するという政府と東京電力が示した方針について、強力な反対意見が提出されています。

処理水の中に含まれる放射性物質の量は十分に少ない水準にまで下げられており、それを放出することは許容できる。そのような説明が行われています。私も自分なりに調べたり考えたりした結果、その説明を受け入れるべきだと考えています。しかし、このような「医者」「科学者」の意見は、批判されることが少なくありません。

「安全と安心は異なる」「専門家が行ってきたリスク・コミュニケーションは稚拙だから、受け入れられないのは当然」「エビデンスという棍棒で一般の人を殴るようなことをすべきではない」などと言われると、専門知を背景に権威性を発揮しながら仕事をしている「医者」は後ろめたい気になってしまいそうです。

同じ医者でも、処理水の放出に反対の立場の先生からは、「このような場合にエビデンスに訴えるのはふさわしくない。エビデンスと言われるものも、数十年後には真偽の判断が逆転する場合もある」と伝えられることがありました。

そのような意見には傾聴すべき内容も含まれているのですが、今回のケースでは他に考慮すべき要因があります。このテーマが非常に「政治的」なものになってしまっているということです。たとえば、中国や韓国の政府が処理水の放出に強い批判を加えている報道を見ると、その抗議は政治的なものだろうと感じます。

単純な意味での「中立性」が成り立たない状況であることを感じます。発言することも、しないことも、そのことがある種の政治性を帯びてしまう状況で、医療者に必要なのは自分が信じる価値が何であるかを明確にすることでしょう。私は政府や東京電力の行動に対して十分な監視や抗議が必要だと感じています。しかしそれが、「科学的なエビデンスなど無視してよい」という方法で行われてしまうことは望ましくありません。そのようなやり方が横行してしまえば、日本における長期的な民主主義的な価値の追求や社会活動のあり方に、不健全な影響を与えることになるでしょう。

堀 有伸(ほりメンタルクリニック院長)[エビデンス][政治性]

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