株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

【識者の眼】「名前の問題」岩田健太郎

No.5181 (2023年08月12日発行) P.64

岩田健太郎 (神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)

登録日: 2023-07-27

最終更新日: 2023-07-27

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

昔から「コトバ」が大好きで、現在も細々と6カ国語を勉強している。下手の横好きというやつだ。コトバは好きだが、それはコトバの本質が好きなだけで、形式にこだわる重箱の隅つつきはむしろ嫌いなほうだ。「正しい言葉の用法」みたいな形式にこだわり、本質を見失うことは珍しくない。

辞書に載っている言葉が正しいコトバだと勘違いしている人は多い。であるならば、辞書は未来永劫、改定は必要ないはずだ。現実には辞書は定期的に新しくなり続ける。新しい言葉が採用され、使われなくなった言葉が削除される。「辞書に載っているから正しい」のではなく、「正しい言葉とみなされるくらい人口に膾炙したから」辞書に載るのである。辞書の「基準」と目されることが多い広辞苑も、改定時に新語を採用し、使われなくなった語を削除の対象とする。「古い言葉」だから削除されるのではない。このへんの作成プロセスは三浦しをんの小説『舟を編む』を読むと感得できる(映画や、雲田はるこのコミック版もオススメです)。

Cryptococcusという真菌がいるが、臨床現場では常に「クリプトコッカス」であり、それ以外の呼び方はまず使わない。「クリプトコックス」と書くのが正しい、という意見を聞くが「何を言ってるんだ」としか思わない。どうしてもクリプトコックスと呼び続けたいのであれば、山茶花も「さんざか(あるいは「さんさか」)」と読むべきなのだ。

よく「感染症科なのですか、感染症内科なのですか」と訊かれることがあるが、個人的にはどちらでもよいと思っているのでうまく回答できない。「感染症屋」でよいと思っている。自分の仕事を高く、強く、偉く見せようという欲望が昔からないので、「所詮はしがない感染症屋です。オペもできず、カテや内視鏡も使えず、ひたすら人の痰や便や尿を染める染め物くらいしか技術がありません」と説明している。実際、そんなものだとも思っている。これでは宣伝にならないから、もっと高く、強く、偉く見せろとしばしば凄まれるのだが。幸い、この業界でも高くて偉くてすごい人もポツリポツリと出てきたので、餅は餅屋に任せればよいのではないか。

Facebookがメタになったり、ツイッターがXになったりと、改名が喧しい世間ではあるが、結局、世間はFacebookでツイッターでグーグルなのだ(アルファベットじゃない)。

「今、呼吸をして生きているコトバ」にケチをつけても詮無いことだと思う。

岩田健太郎(神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)[コトバ]

ご意見・ご感想はこちらより

関連記事・論文

もっと見る

関連物件情報

もっと見る

page top