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【識者の眼】「精神分析家ビオンの理論から考える宗教のこと」堀 有伸

堀 有伸 (ほりメンタルクリニック院長)

登録日: 2022-08-02

最終更新日: 2022-08-02

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安倍元首相が7月8日、選挙応援の演説中に狙撃されて亡くなるという衝撃的な事件が起こりました。事件の発生に宗教団体が関係していたという報道もなされ、信者に盲目的な献身や献金を求める一部の宗教のあり方に、批判的な目が注がれるようになっています。 

「宗教とはどのようなものか」という大きな事柄を考える時に、最先端の臨床心理学的な知見はあまり役立ちません。それは、大きな内容については実験することが困難で、科学の対象とはみなされなくなってきているからです。そこで今回は、ビオンという精神分析家の「考えることに関する理論」という論文を参照します。

人間の心は、欲求不満に出会った時に、どんな反応をするのでしょうか。欲求不満の内容についてよく吟味し、それを解決する方法を考えて、現実的な課題を乗り越えていくような「考える装置」が、すべての人の心に備わっている訳ではありません。じっくり考え抜くところまで欲求不満に耐えることができない場合に心が行うことについてビオンは、そもそも考えなければならない対象をなかったことにする「排泄」と、とにかく強引に善悪を決めつけてしまう「道徳的な万能感」の2種類があると論じました。人の心は弱いのです。難しい事柄に出会った時に、それについてしっかりと調査したり考えたりするよりも、「それは間違ったもので、相手にしなくてよいもの」と一方的に決めつけ、心の中から排泄して楽になることを望んでしまいます。しかし、そのような手抜きを行う度に、心の中の「考える装置」は壊れていき、「排泄と投影を行う装置」へと堕落していきます。

そもそも宗教は望ましいものなのかなどと論じはじめたら、いくら紙面があっても足りないでしょう。しかし、宗教や学問、政治的立場にかかわらず、それを論じているのが「考える」人なのか、特定の道徳的立場の万能感に支配され「排泄と投影」を行っている人なのかの区別を考えさせるビオンの議論は、世の中で起きていることを理解するために、非常に有益な視点を与えてくれます。「科学的な命題」でさえも、それを「道徳的な万能感」を補強するために用いることが可能です。私たちはどのような立場にあっても、適切に「考える」ことができる人間でありたいものです。

【参考文献】

▶W.ビオン:考えることについての理論(松木邦裕, 監訳「再考 精神病の精神分析論」所収), 金剛出版, 2013.

堀 有伸(ほりメンタルクリニック院長)[考える装置][排泄と投影を行う装置

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