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【識者の眼】「飛島にみる墓の移動の影響」栗谷義樹

No.5119 (2022年06月04日発行) P.63

栗谷義樹 (山形県酒田市病院機構理事長)

登録日: 2022-05-26

最終更新日: 2022-05-26

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山形県酒田市飛島は、面積2.75km2、周囲10.2km、市の北西39kmの日本海に浮かぶ、県唯一の離島である。昭和15(1940)年当時、最大1788人の人口を有していたと言われるが、昭和30(1955)年代後半以降は過疎化と少子化が急速に進んだ。2021年8月末、人口は174人、平均年齢71歳である。20年ほど前の話になるが、島に唯一の医療機関である市立飛島診療所があり、当時、年配の所長先生が常勤で勤務されていた。 

筆者が酒田市立病院長に就任したばかりの頃、毎年夏になると表敬訪問に伺っていたが、夜に診療所スタッフと日本海の幸で一杯やるのが楽しみだった。その時に診療所長からお聞きした話が今も印象に残っている。過疎化の進む島では深刻な問題のひとつが、島からの墓の移動なのだという。診療所の裏は寺院になっていて、住職は既に居なかったようだが、島の墓地は寺の裏から登る「タブの木」の森の中の傾斜地にあった。鬱蒼としたタブの大木の森に、今は墓参する人もいなくなったらしい、苔に覆われて倒れた墓石がたくさん散在していた。夏の盆に島に帰り、一族、島民で集まって墓参をすることで結びついていた心が、墓の移動によりどんどん失われていると言うのだった。島を巡る心の結びつきが失われることは、島民にとって高齢化、過疎化よりも、精神的な打撃が遙かに大きいのだという。

当時の飛島に見られたような過疎地域は、現在、日本全国各地に見られている現象なのだろう。2020年3月の地域医療構想WG資料によると、山形県4医療圏のうち3医療圏は2017〜40年にかけて人口減少率−30〜−40%で過疎化が進む全国76地域に入っている。山間集落は近年特に過疎化が進んでおり、当時の飛島と同様、地域そのものが蒸発間際に瀕している。そのような集落を訪れると、かつて集会所として使われていたらしい建物などが残っていて、昭和30(1955)年代と思われる写真が掲げられていたりする。そこにはたくさんの祭り装束の若者が笑顔で並んでいる集合写真が何枚もあり、かつて地域が多くの若者で賑わっていた時代の記憶を残している。

飛島のタブの木の森から見る日本海の風景は素晴らしく美しい。真っ青な海と空に、海抜ゼロから立ち上がる鳥海山が薄いブルーのシルエットで屹立している。故郷の墓参に帰った人達の満たされた穏やかな心と笑顔が、この国から失われることのないような未来であって欲しいと切に願う。

栗谷義樹(山形県酒田市病院機構理事長)[離島][高齢化][過疎化]

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