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【識者の眼】「被害妄想は誰のせいか?」堀 有伸

No.5114 (2022年04月30日発行) P.59

堀 有伸 (ほりメンタルクリニック院長)

登録日: 2022-04-05

最終更新日: 2022-04-05

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ウクライナのひっ迫した情勢を受けて、この事態を引き起こす原因となったロシアのプーチン大統領の精神状態についても、様々な推測がなされています。私も前回は、プーチン大統領に自己愛的な傾向があり、自分と自分が愛する祖国であるロシアの「弱い」イメージを受け入れることができず、自分の空想の中にある「強く偉大なロシア」を現実に強引に展開させようとした行動である、という解釈を示しました。このように理解する場合には、その行為の責任を自己愛的なパーソナリティの持ち主に帰せようとしています。

一方で、今回の事態についてロシアに同情的な人々は、米国やNATOが東方に、つまりロシアに向かって無配慮に拡大したことが問題だと論じます。このような人々の立場からは、強大な力を持つ西側諸国が、軍事的にロシアを威圧し、経済的にもウクライナのような周辺国をみ込んでいく流れをつくったことが原因だったのです。

今回の原稿でお伝えしたかったのが、社会的に重要な問題を考える場合に、「心理的」な説明ばかりに頼ることの危険性です。どのような立場の人や集団の攻撃的な言動も、その人々が「傷つけられ、脅かされた」事情を列挙することで、それがやむをえない正当な防衛的な反応だったというストーリーを構築することができます。そのような危うさがあるからこそ、情緒に流され過ぎずに、通常の政治・法律・経済・歴史・文化や習慣についての知見を総合して事態を見きわめねばなりません。私は今回のロシアの侵攻については、背景の事情があったとしても、民間人を含めて隣国に軍事的な攻撃を行ったこと、核兵器の使用をほのめかしたことを正当化する理由にはならないと考えます。

国同士の戦争より、はるかに身近な精神科臨床の場面でも、たとえば「職場のパワハラが原因でうつになった」という場合に、「いじめを行った」職場や上司の責任か、「いじめられた」と感じてしまう側の責任か、どちらが大きいのかと判断することが重要な場面があります。このような場合に、「力で個人を圧迫する職場に問題がある」と判断しやすい人と、「わがままを言う個人に問題がある」と判断しやすい人の、2種類のタイプの人がいるようです。しかし繰り返しになりますが、心理的なストーリーだけでは、どちらを正当化する説明でもつくり上げることが可能です。したがって、総合的な判断力が必要になります。

堀 有伸(ほりメンタルクリニック院長)[心理的ストーリー]

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