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【識者の眼】「物盗られ妄想とは異なる被害妄想」上田 諭

No.5066 (2021年05月29日発行) P.64

上田 諭 (戸田中央総合病院メンタルヘルス科部長)

登録日: 2021-05-11

最終更新日: 2021-05-11

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誰かが大事な物を盗ったという認知症の人の妄想は、物盗られ妄想として知られている。軽症のアルツハイマー病の人に多く、重症にはほぼ見られない。認知機能障害が少ないからこそ、身近な人に世話になる引け目や、能力を発揮したくてもできないジレンマがあり、それが周囲を攻撃する妄想の一因だと考えられている。家族やヘルパーは「犯人」にされてやりきれない思いをするが、本人にも大きな葛藤があることが多いのである。

物盗られ妄想とよく間違えられるものに妄想性障害(かつての遅発パラフレニー)がある。自分が寝ている間や外出している間に誰かが家の中に入って物を盗んでいくという訴えだ。身近な人を「犯人」にする物盗られ妄想とは性質が異なる。ほとんどが一人暮らしの女性で、親族との交流や友人との交際が非常に乏しい生活をしている。天井から毎晩うるさい音を立てられる(幻聴)、隣家から磁気を体に当てられる(体感異常)というような訴えが聞かれることもある。

まず地域の自治会の人や警察に訴えるが、最初は真剣に対応してくれても、「合鍵を作っている」「秘密の入り口がある」などのつじつまの合わない話が出て、妄想ではないかと疑われる。周囲が「そんなことある訳ない」「ボケの妄想だ」などと反応すると、本人はますます孤独感を強め、妄想は強まってしまう。大部分は精神科の物忘れ外来などに連れて来られるが、認知症スクリーニング検査はほぼ満点、頭部CTなど画像検査でも脳萎縮は少ない。妄想を除けば、生活も自立してきちんとできており、認知症ではない。

独居女性で親族や友人もなく、多くは難聴もあって対人交流が少ない。長年の社会的孤立が妄想形成の背景になっていると考えられている。孤独に耐えられず、人とのつながりを求めての心のもがきが歪んだ形で現れたと見ることもできるかもしれない。

妄想といっても統合失調症ではなく、抗精神病薬は効きにくい。解決できなくとも、治療者がまず理解者になること、否定も肯定もせず困っていることに耳を傾けることが治療の第一歩である。孤立状態が緩和されることで妄想が消える人もいる。

上田 諭(戸田中央総合病院メンタルヘルス科部長)[高齢者医療]

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