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【識者の眼】「『親孝行の外部化』で安心を確保」佐藤敏信

No.5027 (2020年08月29日発行) P.58

佐藤敏信 (久留米大学特命教授、元厚生労働省健康局長)

登録日: 2020-08-12

最終更新日: 2020-08-12

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前回(No.5018)書いたように、コロナの蔓延のせいで、母の入所するサービス付き高齢者住宅の面会は厳しく制限されてしまった。しかし、介護保険制度のおかげで私たち家族の安心は十分に確保されている。自宅で独居の場合と違って、マスクなどを歩いて買いに行く必要はない。転倒の危険はない。連絡がないところを見るとしっかり食べられているようでもある。戸締りや火の不始末なども心配する必要はない。まことにありがたい状況である。

社会学的には「親孝行の外部化」である。振り返ってみると、かつては親孝行という形で、子供が自分の親を、経済的にもまた実際の世話の面でも見るのが当然であった。それが、法律によって「外部化」された。具体的には、前者は年金や医療保険制度、介護保険制度、後者は看護師、介護士等の第三者である。子は、税金と保険料を納付すれば、日々の親の介護を心配することなく、職務に専念できることになった。「自分の親と自分」という明確な一対一の親孝行ではなく、自分の親も含めた不特定のどこかの親を見るという形に変わったのである。

補足しておくと、第一次産業が中心の時代には、子供を産み育てれば、その子供が重要な労働力となり、長じては自分に成り代わって一家を切り盛りし、年老いた自分の世話もしてくれるという仕組みであった。ところが農業に代表される第一次産業従事者が急減した。そうなると、子供に労働力としての役割はなくなる。土地(農地)による縛りもなくなる。そうして、農業自体はもちろん、地域の清掃、冠婚葬祭に至るまで一族郎党や地域の住民による共同作業も必要なくなった。したがって、三世代などで集団生活を営む意義は薄れ、地域の連帯もなくなり、核家族化が急速に進んでいった。つまり親子(孫)関係は希薄化した。

年金や介護保険制度、社会保障制度の充実が、こういう状況を加速させたとすれば淋しい気もするが、最早後戻りはできないだろう。この時期の帰省ラッシュのニュースなども、親子(孫)が離れ離れに暮らしていればこそである。

佐藤敏信(久留米大学特命教授、元厚生労働省健康局長)[介護保険制度]

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