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【OPINION】日本の緩和ケアと患者の疎外感

No.4775 (2015年10月31日発行) P.15

吉田勝也 (北里大学医学部公衆衛生学 稲城台病院精神科)

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-02-09

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  • 1. 死にゆく者の疎外感

    文化人類学者の波平恵美子氏は、終末期の患者の心理的特徴を次のように述べている。

    「自分の死期がきわめて近いことを知った患者が抱くであろう精神的苦痛はさまざまな内容をもった複雑なものであろうが、その中で重要な要素は疎外感である。家族や知人や医療者やすべての人々と自分とを分けるものは、自分は死に、他の人々は生き残るという疎外感である。

    信仰が生活の中に定着している社会では、あるいはそうした時代の日本では、死は生の一部であり、死は完全に生の意味領域の中にあった。現代社会は、この疎外感を解消するような、文化的な装置を失ったままでいる。緩和ケアの重要な課題は、この疎外感をいかに緩和するかである。」

    本稿では、患者に疎外感を惹起させる要因、特に緩和ケアに内在する要因について考えたい。

    2. ‌緩和ケアに内在する、疎外感を惹起 する要因

    (1)積極的治療から緩和ケアへ

    まず、筆者が緩和ケア病棟で主治医として担当した症例を提示したい。匿名性保持のため論旨に影響を与えない範囲で改変を施した。

    症例1:70代、女性
    直腸がんと診断され手術を受けた。その後、化学療法が続けられたが、肺転移が見つかり、数カ月後、転移は増大していた。患者は化学療法の継続を強く希望したが、外科の主治医から化学療法の適応ではないと告げられた。同時に、緩和ケア病棟に移るようにすすめられ、渋々納得した。転棟後、患者は筆者に「悔しい、悔しい、悲しい気持ちになります。悩んで、悩んで、ここに来ました」と述べた。

    症例2:60歳代、女性
    胆嚢がんと診断され手術を受けた。その後、化学療法が続けられたが、肝膿瘍を併発した。体力は徐々に落ち、全身倦怠感が強くなった。外科の主治医からは化学療法を中止し、緩和ケア病棟に移るように言われたが、患者は治療の継続を望み、緩和ケアを強く拒否した。夫が説得を繰り返したところ、「登録はするけど緩和には行かない」と言った。その後、外科の主治医と夫の説得により緩和ケア病棟に移った。外科病棟から緩和ケア病棟への移動中、患者は眠っていた。目覚めると、非常に不安そうな表情になり「わからない、わからない。どうしてここにいるの。ここがどこかわからない」と言った。翌日、せん妄状態の中で「ベッドの上に釘がささっています。…何でここに釘がささっているんだろう。…しんどい、しんどい」と言った。

    緩和ケア病棟に入院してくる患者の多くは、内科や外科の主治医から、もうこれ以上の治療はできないと言われ、落胆し、医療から見捨てられたという思いを抱いている。がんの専門医にもう一度診てもらいたいと切望する患者も決して珍しくない。症例1も2も、本人は治療の継続を希望したが、主治医から化学療法の中止を提案され、緩和ケア病棟に移った。

    両者の言葉からは絶望の嘆きが感じられる。化学療法を受け続ければ、生きる希望を持つことができる。しかし、緩和ケア病棟に移ると、死を待つだけの身となり、生き残る者からの疎外感が惹起されると思われる。

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