編著: | 倉恒弘彦(一般社団法人日本疲労学会 理事) |
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編著: | 松本美富士(一般社団法人日本線維筋痛症学会 理事) |
判型: | B5判 |
頁数: | 186頁 |
装丁: | 2色部分カラー |
発行日: | 2019年10月15日 |
ISBN: | 978-4-7849-4860-4 |
版数: | 第1版 |
付録: | 無料の電子版が付属(巻末のシリアルコードを登録すると、本書の全ページを閲覧できます) |
慢性疲労症候群(chronic fatigue syndrome;CFS)とは,米国疾病対策センター(Center for Disease Control and Prevention;CDC)が組織した研究者グループにより, 原因不明の強度の慢性疲労を特徴とする病態の解明に向けて,調査対象を明確にするために作成された調査基準の名称である。
1984年,米国ネバダ州において,激しい倦怠感とともに脱力,全身の痛み,思考力低下,睡眠異常などが長期に続くため日常生活や社会生活に支障をきたすような患者の集団発生が報告された。CDCは研究者グループを組織して病因ウイルスの調査を行ったが,病因ウイルスと呼べるようなものは特定できなかった。そこで,病因解明に向けての調査対象を明確にするため1つの調査基準を1988年に発表した。これが,その後世界中で広く診断基準として利用されるようになったCDC診断基準である。
一方, イギリスではCFSという概念が発表される以前より, ウイルス感染症などを契機とし全身の筋肉痛や倦怠症状を主な徴候とする病態を筋痛性脳脊髄炎(myalgic encephalomyelitis;ME)と診断してきた。MEとは,いくつかの集団発生が確認されたことや中枢神経症状がみられることから,ウイルス感染に基づく脳神経系の炎症を想定し,全身の筋肉痛を主症状としていることより名づけられた臨床的な診断名である。2011年には,国際的なME診断基準が発表されており,最近の医学雑誌ではME/CFSとしてこの病気を取り上げている報告が多い。
日本においては,1990年に日本内科学会近畿地方会でCFS症例が報告されたことがきっかけとなり,1991年に旧厚生省CFS調査研究班(班長:木谷照夫)が発足し,9年間にわたって病因・病態の解明,治療法の開発に向けた臨床研究が実施されている。当初は,CFSをウイルス感染症に基づく病態と想定し,原因ウイルスを探す研究が盛んに行われたが,多くのCFS患者に共通した病因ウイルスは見出すことはできなかった。一方,多くのCFS患者では保険診療では明らかにできなかった神経系,免疫系,内分泌系の異常が存在していることも判明した。そこで研究班では,CFSは種々の感染症や生活環境ストレスに伴うウイルス再活性化により惹起された神経系,免疫系,内分泌系の異常に基づく複雑な病態であるという仮説を提唱し,病因・病態の解明に向けた臨床研究継続の必要性を訴えていた。
なお,CFSでは疲労という誰もが日常生活で経験している症状を病名として用いていることから,「症状を過剰に表現しているだけではないか」「さぼっているのではないか」といった誤解や偏見を受けやすい問題が指摘されていた。そのため,厚生労働省「慢性疲労症候群の病因病態の解明と画期的診断・治療法の開発」研究班(代表:倉恒弘彦)の臨床診断基準検討委員会において,2016年4月以降は世界的に広く用いられている筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)を正式病名として用いることが決められている。
2015 年, 大きな転機が訪れた。それは, 米国国立衛生研究所(National Institutes of Health;NIH)やCDCに勧告する立場にある米国医学研究所(Institute of Medicine;IOM)が,世界中で報告されてきたCFSやMEに関する論文約9,000編をレビューし,ME/CFSに対する新たな疾病概念として全身性労作不耐疾患(systemic exertion intolerance disease;SEID)を提唱したことによる。この提言では,ME/CFSを患者の健康や活動に深刻な制限をもたらす全身性の複雑な慢性疾患であると認定し,臨床医に対してME/CFSは重篤な全身疾患であることを理解して診断・治療に取り組むようにと呼びかけている。この発表を受け,NIHでは全国の国立神経疾患・脳卒中研究所が中心となって対応することを決めるとともに,NIHクリニカルセンターにおいて,病因・病態の解明に向けた臨床研究を開始した。
日本においても,大阪市立大学,国立研究開発法人 理化学研究所の研究グループが脳内神経炎症(ミクログリアの活性化)を直接調べることができる特殊な検査法(ポジトロンCT)を用いた臨床試験により,ME/CFS患者では視床,中脳,橋などにおいて神経炎症がみられ,炎症の程度と臨床病態に関連があることを2014年に世界で初めて報告し,現在も大規模な臨床確認試験を実施している。
そこで, 本書では厚生労働省・日本医療研究開発機構(Japan Agency for Medical Research and Development;AMED)研究班においてこれまで実施してきたME/CFSの病因・病態の解明や治療法の開発にご協力頂いた先生方にお願いし,ME/CFSの概念,歴史や疫学,診断および鑑別疾患,治療などについて,最新の知見をまとめて頂いた。本書を通じて, 多くの皆さんにME/CFSについて正しく理解して頂き,ME/CFSの診療や知識の普及・啓発にご協力頂ければ望外の喜びである。本書が,ME/CFSで苦しんでおられる多くの患者さんや家族の方々への支援に少しでも役立つことを心より願っている。
2019年9月
一般社団法人 日本疲労学会 理事 倉恒弘彦
一般社団法人 日本線維筋痛症学会 理事 松本美富士