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死因・身元調査法施行10年:わが国の死因究明制度は変わったか[提言]

No.5194 (2023年11月11日発行) P.50

石原憲治 (千葉大学大学院医学研究院法医学客員教授/京都府立医科大学法医学客員教授)

岩瀬博太郎 (千葉大学大学院医学研究院法医学教授/東京大学大学院医学研究科法医学教授)

登録日: 2023-11-12

最終更新日: 2023-11-10

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  • 〔要旨〕2012年の第180回通常国会で,「警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律(以下,死因・身元調査法または調査法)」と,「死因究明等の推進に関する法律(以下,推進法)」が成立し,調査法は翌年4月に施行され,2023年3月で10年が経過した。本稿では,成立の背景,成立後の法律の運用の経過等を概観し,わが国の死因究明制度の現状および問題点について記す。

    1 2法成立に至った背景と経過

    わが国の死因究明制度については,2004年頃から立法府の中でも問題点が指摘され,議論が開始された。2008年には,衆議院法務委員会で超党派による勉強会が開催され,専門家から次に掲げるような指摘を受けた。

    死因究明が犯罪捜査に偏重しているため,公衆衛生への寄与が少なく,捜査以外のための情報提供がない。したがって,世界標準からみて解剖率は非常に低く,それ自体が犯罪見逃しの温床になっている。検視,検案についても,さらに専門性を持った人員を当てるべきであり,そのための人材育成も不可欠である。薬毒物検査やCTなど画像検査を積極的導入すべきである。さらには,法医学研究所の設置といった抜本的な改革の必要がある。

    以上のような論点が提示された。

    2010年には警察庁に「犯罪見逃し防止に資する死因究明制度の在り方に関する研究会」が設置され,その中で法医学者や刑法学者など専門家を交えた議論が行われ,2011年4月に研究会は「最終取りまとめ」を公表した。その提言に基づき,当時の与党である民主党により野党の自民・公明両党と協議の上制定されたのが前述の2法であり,2012年6月に可決・成立した。死因・身元調査法は言わば実施法であり,調査・検査・解剖など必要な事項を定め,新たに本法に基づく解剖(以下,調査法解剖)が規定された。推進法は理念法であり,死因究明の理念や基本的施策が示され,2年後までに死因究明等推進計画を策定し,閣議決定がなされるよう規定された。

    2 2法の施行と死因究明等推進計画

    推進法は2012年9月に施行され,死因究明等推進会議の委員と専門委員が任命されて議論が開始された。そして,2014年6月に死因究明等推進計画が閣議決定された。ただ,その内容は新規の施策はほとんどなく,特に一定の予算を伴う新規事業は皆無と言ってもよいもので,多くの関係者に失望を与えた。

    また,推進法の成立当初は,推進計画で基本法のような立法が生まれることを想定し,2年間の時限立法とされたにもかかわらず,新規の立法がなかったため,理念法の空白の時期が続いた。この空白は2019年に解消し,推進法と類似ではあるが恒久法である「死因究明等推進基本法(以下,基本法)」が成立し,その法律に基づく死因究明等推進計画が2021年に閣議決定された。しかし,その内容もほぼ従前の施策の延長にとどまった1)

    一方,調査法は2013年4月に施行され,同時に調査法解剖が開始された。調査法には解剖以外にも,遺族等への配慮(第3条),再発予防のための関係行政機関への通報(第9条)など,いくつかの論点があるが,本稿では,主に調査法解剖実施の経過とその課題について述べる。

    調査法解剖新設の理由には,前述したように,わが国は初動で事件性なしとされると数日後には火葬され,犯罪見逃しの原因となっていると同時に,公衆衛生目的の解剖がなかなか行われていなかったことがある。そのため,第1条(目的)にも「公衆衛生の向上に資し」と記されているが,当初から,本法が警察庁所管であることから,警察庁から「本法により,警察が公衆衛生の観点から死因を明らかにすることまで求められているものではない」2)といった通達が出るなど,適切な運用がなされない状況に置かれた。結局,多くの都道府県警察は「念のため」解剖し,犯罪見逃しを防ぐという,狭い意味でこの制度を利用することになっている。

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