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【識者の眼】「初めて重度身体障害者が受賞した芥川賞と読書バリアフリー」森 浩一

No.5193 (2023年11月04日発行) P.64

森 浩一 (国立障害者リハビリテーションセンター顧問)

登録日: 2023-10-23

最終更新日: 2023-10-24

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第169回芥川賞を、市川沙央氏の『ハンチバック』(文藝春秋刊、2023年)が受賞した。ハンチバックはこぶのある背中のことであるが、小説本文では、「せむし」に「ハンチバック」のルビがある。市川氏には先天性ミオパチーがあり、本を長時間把持できないので、読書はタブレット端末を使う。受賞作には、障害による困難の記載が随所にあり、身体障害の優れた啓発書にもなっている。

市川氏がこの小説を書いた動機の1つは、読書バリアフリーが進まない現状への怒りであったという。小説の中でも説明があるが、市販の本は電子化されていないのが大半で、紙に印刷した本(「墨字」)の読書障害(print disability)がある人は、読みたい本がボランティア等によって音声化やDAISY化、あるいは「自炊」(自分で墨字の本をスキャン)によって電子化されるまで読めない。なお、読書障害者は、全国視覚障害者情報提供施設協会が運営するサイト「サピエ」に蔵書があれば、電子版をダウンロードして無料で読める(聴ける)。

読書障害の主な原因としては、視覚障害、難読症(dyslexia)、書籍の保持やページめくり等の動作困難、がある。いずれも、文字情報の電子データがあれば、個人ごとの障害特性に合わせて電子端末等で読める(聴ける)ようにすることは比較的容易である。

しかし、電子データを提供しない出版社がまだ多いのは、教科書以外は、電子データを提供する法的義務がないからである。障害者の読書の権利を規定する法律がないのは、障害者権利条約にもとり、早急な改善が求められる。

最近は墨字に加えて電子版の併売も増えたが、日本の電子書籍のアプリは音声読み上げや画像の拡大に対応していないことがままあり、視覚障害者へのメリットが案外少ない。これは、障害者が使うことを考慮せずにつくられているからではなかろうか。

障害者は健常者の道具が使えるように努力せよという態度を、無意識の場合も含めて、ableism(健常者優位主義)と称するが、『ハンチバック』では、紙の本を読むには筋力が必要という意味と憎しみを込めて、「マチズモ」とルビを振っている。市川氏は、重度障害者が文学賞を受賞しにくいのは、読書バリアフリーの不足も要因と訴えている。

P.S.『ハンチバック』は電子版をお勧めする。紙の辞書には載っていないような特殊な業界(?)用語が結構出てくるが、電子版なら右クリックですぐ検索できる。

【参考文献】

「本の話」公式サイト: 芥川賞受賞作『ハンチバック』を書いた市川沙央さんの、ユーモアと決意に満ちた受賞スピーチを完全プレイバック!(2023年9月6日)   
https://books.bunshun.jp/articles/-/8244

社会福祉法人日本盲人社会福祉施設協議会, 編:障害者の読書と電子書籍〜見えない、見えにくい人の「読む権利」を求めて〜. 小学館, 2015.

日本デイジーコンソーシアム. https://www.normanet.ne.jp/~jdc/

YouTube:【ノーカット】第169回芥川賞・直木賞受賞者会見(日テレNEWS LIVE).(2023年7月19日)   
https://youtu.be/FIKwzmjZlnw

森 浩一(国立障害者リハビリテーションセンター顧問)[print disability(読書障害)][ableism][電子書籍]

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