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こんなに長いお付き合いになるなんて!(高畠英昭)[プラタナス]

No.5147 (2022年12月17日発行) P.3

高畠英昭 (長崎大学病院リハビリテーション科准教授)

登録日: 2022-12-17

最終更新日: 2022-12-16

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Uさんは重症の脳梗塞で、発症から1カ月あまり、呼びかけても反応はありませんでした。回復期リハビリテーション病棟もない、平成の初めの頃のことです。脳外科の病棟には、寝たきりの人たちが長期に入院していました。胃瘻の普及前で、重症者は経鼻経管栄養で寝たきりになるのが普通でした。

Uさんに出会う1年以上前、研修医として勤務していた静岡の病院で、嚥下造影のやり方を教えてもらっていました。そこでは、脳外科医が嚥下造影を行っており、「嚥下造影は脳外科医が行う仕事」と何の疑いもなく思っていました。

Uさんは入院後1カ月あまりが経過し、少しずつ覚醒してきました。「練習をしたら食べられるようになる」確信がありました。ただ、当時の勤務先である長崎の病院では、嚥下造影は行われておらず、嚥下食もありませんでした。言語聴覚士が国家資格になる前のことでしたので、放射線技師、管理栄養士、看護師に協力してもらい、嚥下造影や嚥下食の準備をしました。嚥下訓練は自分で行い、食事介助の仕方も看護師に指導し、昼・夕の食事介助は自分で行いました。

Uさんは順調に回復し、訓練開始後2カ月でペースト食を自分で食べられるようになりました。訓練開始前から、「食べられるようになる」と思っていましたので、次からのために、訓練や食事介助の様子を動画で記録させてもらっていました。長崎では行っていなくても、ほかでは普通に行われていることと思っていましたので、動画は研修用として病棟で自分たちだけで使うつもりでした。

しばらくして、他の病院や研修会で、脳卒中患者に対する嚥下訓練について教えてほしいという要望が続きました。自分では特別なことを行っている意識はありませんでしたが、発症早期から嚥下訓練を行っていることが普通じゃないことを知ったのは、それからかなり後のことでした。リハビリテーション科医になった今でもUさんの動画は講演などでも使わせてもらうことがあります。

私が脳外科医からリハビリテーション科医に変わるきっかけとなった患者さんがUさんでした。でも、まさか、こんな長いお付き合いになるとは、当時まったく想像もしていませんでした。

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