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超長期予後(宇原 久)[プラタナス]

No.5145 (2022年12月03日発行) P.3

宇原 久 (札幌医科大学皮膚科学講座教授)

登録日: 2022-12-03

最終更新日: 2022-12-01

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菌状息肉症は皮膚の悪性リンパ腫の半数を占める疾患である。約200年前にキノコに似た皮膚病変を特徴とする疾患として報告された。しかし、ほとんどの患者は早期の赤いカサカサした湿疹に似た状態で診断される。発症から急速に悪化する一部の症例を除けば進行は緩徐で、平均余命を全うする方も少なくない。駆け出しの頃、先輩医師から「いいか、この疾患はいじめてはいかん。抗癌剤などの強い治療をすると一旦はよくなるが一段階進行した状態で再発する。目の前の効果のみを追ってはいかん。病気をいじめなければ長く生きられる」と言われた。根拠となる論文はなく、私には個人的な“少数例の経験”に基づいた“印象”にしか聞こえなかった。他科の医師には悪性リンパ腫なのだから根治をめざして全身薬物療法を早期からすべきではないか、とも言われた。しかし、確かに他院で抗癌剤療法を受けた患者の予後は良くなかった。一方、初診から30年以上主治医を継代して通院しながら、しかし、すべての最新治療の提案を拒否して保湿剤のみで通し、天寿を全うした方もいた。


患者の中に、戦後裸一貫から中規模の企業を育て上げた方がいた。彼は若い頃に菌状息肉症と診断され、命に限りがありそうだからと皮膚の治療はそっちのけで懸命に働いた。古希を迎えて自分のことを考える余裕もでき、当時私が勤務していた病院に来た。「いくらかかってもいいから皮膚をきれいにしてくれ」と言われた。皮膚はわずかに萎縮していたが病期上は軽症だった。現在でも早期病変に対する標準療法である紫外線療法を開始し、症状はだいぶ落ち着いた。しかし、何年かして彼の皮膚症状は徐々に悪化しはじめ、隆起した病変と皮膚潰瘍が多発し、激痛を伴うようになった。放射線療法や抗癌剤により一時的に軽快したが、症状は段階的に悪化し、患者さんは最期を迎えた。悪化の原因については、治療関連なのか、加齢に伴う免疫低下によるのか、疾患の自然経過であったのか、わからない。


今も早期の菌状息肉症の患者さんに出会うと先輩の言葉がよみがえる。一方、できるならば目の前にある皮膚症状をきれいにしてあげたいし、もちろん完治の可能性を捨てることはできない。最近は紫外線や外用療法などの副作用が軽微な治療法と殺細胞性抗癌剤の間を埋める新薬がいくつか登場してきた。それでも、10年後、20年後、さらにその先を考えてしまう。治療の目標をどこに置くべきか葛藤している。

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