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モルヒネに有効限界はないのか?【モルヒネの「有効限界」という言葉の定義,「強オピオイド」という分類を見直す必要がある】

No.4896 (2018年02月24日発行) P.56

細川豊史 (京都府立医科大学疼痛・緩和医療学教室教授)

登録日: 2018-02-26

最終更新日: 2018-02-20

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緩和ケアの責任者を20年近く務めてきました。どの成書,雑誌,WHOの出版物をみても「モルヒネには有効限界(天井効果)がない」と言われており,緩和ケアに携わる医師,看護師,コメディカルの方々は一様にそのように言います。しかしながら,検索しても「有効限界がない」ことを証明した質の高い論文がみつけられません。身近な緩和ケアの専門医にも確認しましたが,明確な回答が得られません。

モルヒネには本当に有効限界がないのでしょうか。個人的には8000mg/日でコントロールされている人もいましたし,他の医師で2万mg/日使用した事例があります。

(千葉県 T)



【回答】

がん疼痛に対するオピオイド鎮痛薬の使用法に関する多くのガイドラインやテキストブックには,確かにモルヒネには有効限界(天井効果)がないと記されています。そして,これについて明確な説明やそれを証明する基礎的な論文がないのも事実です。私の回答も,基礎的な論文やEBMに基づく確固としたものでなく,わが国のオピオイドの基礎研究の専門家と“がん”疼痛および非がん性慢性疼痛に対するオピオイド鎮痛薬使用の経験豊富な臨床家の意見などをまとめたもので,筆者の個人的な解説であることをご承知下さい。

まず,「有効限界」という用語の定義そのものが,きわめてあいまいで,都合で使用されているという背景があります。神経障害性疼痛のようにオピオイドが作用するμ受容体の感受性が落ちているときはモルヒネは効きにくくなります。また,骨転移痛のように,もともとμ受容体の分布が少ない部位の痛みにはモルヒネは少し効きにくくなります。この観点からだけでも,既に「有効限界」がないという理論は正しくないことになります。

さらに分子薬理学的には,モルヒネのμ受容体を介したG蛋白質抑制効果は,最大反応こそフェンタニルと同様に強いのですが,フェンタニルの100倍程度もの用量が必要です。さらにμ受容体を介したβアレスチンカスケードの活性化においては,モルヒネの効果は弱く,フェンタニルの最大反応の1/3以下です。このことだけを考えても,モルヒネは「強オピオイド」で「有効限界」がないという分類は,既に奇異に感じられます。

今までの情報が部分的であったことと,比較する他のオピオイドの母集団が限られていたために,大雑把に強オピオイドと弱オピオイドに分類されたと思われます。しかし,トラマドールやコデインと比較すると,確かに用量的にも最大反応的にもはるかにモルヒネは強力であり,このために「強オピオイド」と分類されてきたことは十分理解できます。しかし,メサドンやタペンタドールと比べたときに「強オピオイド」であり,「有効限界がない」と言い切れるかどうかは微妙です。

モルヒネは全身投与量の約1/1万が脳内や脊髄内に移行するとされており,大量投与では結果的に少量のモルヒネが中枢に移行し,脊髄や脳内に多くあるμ受容体と結合することにより,総合的に鎮痛だけでなく,感情のコントロールなどにも関与する神経ペプチド神経網として機能し,生体システム的な反応の結果として鎮痛効果を現すと考えられます。末梢のμ受容体の鎮痛効果への寄与は,中枢に比べ,かなり希薄です。
これは,質問者が全身投与で8000mg/日,他の医師では2万mg/日使用して鎮痛効果があったこと,それと同様の報告が数多あること,またガイドラインにも記載されているモルヒネの経口投与に比べ,硬膜外投与ではその1/10,脊髄腔内投与では1/50~1/100の投与量で鎮痛効果を持つということからも肯けます。

モルヒネが「強オピオイド」として分類されてきたことは前述したように理解できますし,オピオイド鎮痛薬として優れているのも事実です。しかし,「強オピオイド」という分類や「有効限界がない」かというと,今後は少し考え直さざるをえません。これらの分類は,今までの単に「比較する鎮痛薬の母集団」が基準となっていた結果からであり,“がん”疼痛に使用できるオピオイド鎮痛薬が多くなった状況やその使用経験が増えたこと,さらにオピオイド抵抗性の痛みやオピオイドによる知覚神経過敏についても論じられる昨今では,「モルヒネは強オピオイドである」や「モルヒネには有効限界がない」という分類の仕方は,もう時代遅れであるのかもしれません。

【回答者】

細川豊史 京都府立医科大学疼痛・緩和医療学教室教授

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