No.5139 (2022年10月22日発行) P.59
大野 智 (島根大学医学部附属病院臨床研究センター長)
登録日: 2022-10-06
最終更新日: 2022-10-06
以前(No.5085)、この連載で補完代替療法について患者から相談されたとき、医師の対応パターンの失敗事例を紹介した。その中のひとつとして、単純な情報欠如モデルでは、患者の行動変容や納得は得られにくいことに触れた。
最近、補完代替療法とは直接関係ないが、同様の趣旨の内容を述べている書籍1)を手に取る機会があった。本書では、科学的事実や正論だけでは人を動かすことはできず、それは人間の脳が持っている仕組みによるバイアスの影響のためであるとしている。もともと持っていた信念、感情、その日の気分や調子、周りの人の意見や考えによって、情報を自分の都合の良いように解釈したり、自分の意見に合わせて巧みに情報を歪めて受け止めたりしてしまうことなどが、具体的事例を挙げて紹介されていた。逆に、相手に納得してもらい行動を起こしてもらうためには、どのようなことを工夫すればよいのかについてもヒントが散りばめられていた。補完代替療法に限った話ではないが、医療現場におけるコミュニケーションで役立ちそうなコツやポイントあるいは注意すべき戒めを紹介する。
・人に何かを伝えるとき、相手もそれを聞きたがっていると考えるのは間違い
・人は希望をもたらす情報を求め、失意をまねく情報を回避する傾向がある(暗い見通しからポジティブな可能性を強調したメッセージに再構成することで相手に伝わりやすくなる)
・知ることの利点は不確実なことへの不安を減少できるかもしれない点にあるが、その代償として自分が信じたいことを信じる選択肢を失うことがある
・不都合な現実から目をそらしても、結果的により不安になることがある
・相手の間違いを証明しようとせず、お互いの共通点に基づいて話をする
・感情の伝播に注意(医師の表情や言葉遣いに表れる感情は患者に伝播する)
・人はストレス下ではネガティブな情報を取り入れやすく、極端な行動をとりがちである(受け手の心理状態によって、決断や行動が変わることを理解する)
・人になにかしてもらうには鞭ではなく飴(警告で人の行動を変えるのは困難)
・患者の主体性、自己コントロール感を大切にする(人は「選ぶこと」を選ぶ)
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医師は、ともすると「医学的に正しい情報を示せば患者の行動は変わる」と、正論や正義を振りかざしがちである。だが、人は感情の生き物であることを忘れないでほしい。
【文献】
1)ターリ シャーロット:事実はなぜ人の意見を変えられないのか:説得力と影響力の科学. 白揚社, 2019.
大野 智(島根大学医学部附属病院臨床研究センター長)[統合医療・補完代替療法㉞]