埼玉県ふじみ野市で、在宅医療に尽力していた医師が患者の家族に殺害された。この事件は、在宅医療に関わる医療関係者にとって大変ショッキングな出来事だ。今回、同じく在宅医療に27年間携わってきた一人として若き在宅医の死を悼み、この事件をどう受け止めるべきか考えたい。というのも、筆者自身も27年間に命の危険を感じたことが何度かあるからだ。在宅医療における子供とのトラブルは決して稀ではなく、時々あることだ。恥を忍んで苦い経験を少しご紹介したい。
一番、命の危険を感じたのは30代の息子さんに胸ぐらをつかみ締め付けられた時だ。末期がんで痛みが増した70代の患者さんを診察した時、本人に「これからしっかり痛みを和らげていく緩和ケアを行いますね」と言った瞬間、息子さんに胸ぐらを強くつかまれて廊下に連れ出された。「お前、今、親父に緩和ケアと言っただろう。緩和ケアという言葉は死を意味する言葉だ。親父がショックを受けるだろう。土下座して謝れ!」というようなことを言われた。正直、命の危険を感じたので反撃しようと思ったが、ここで反撃したらさらに命に関わると思い、されるがままにしていたら、3分後くらいに息子さんの締め付けが解けてホッとした。ことの詳細は、『抗がん剤10のやめどき』(ブックマン社)という本に書いた。
「緩和ケア=死の宣告」と認識している人が少なからずいることをその時は知らなかった。同様に、「医療用麻薬」とか「モルヒネ」とか「ホスピス」という言葉を患者さんへの説明の中で使ったばかりに、家族から強いクレームを受けたり、主治医を交代させられたこともあった。常に言葉には気をつけているつもりだし、できるだけわかり易く説明しているつもりでいても、受け取る相手が真逆にとらえる時もある。自分のコミュニケーションスキルが劣っているだけなのだろうが、「緩和ケア」とか「麻薬」という言葉を使う時には慎重に使うべきだ。日本緩和医療学会は「早期からの緩和ケア」を謳っているが、そう認識していない市民はいくらでもいる。