じっとりと汗ばむ真夏の午後、会津郊外の建福寺に避難していた長岡藩主の使者が日新館の軍陣病院を訪れた。
使者は早口で院長のわしに長岡藩主の口上を伝えた。
「わが藩の家老河井継之助が政府軍の銃弾を受けて重傷を負っております。一度ご高名の松本先生に診察を願えませぬか」
長岡は奥羽諸藩に道が通じる交通の要所である。薩長軍は越後口に膨大な兵力を投入して長岡城を囲み、これを陥落させたが長岡藩軍事総督の河井継之助は奇襲によって城を奪還した。このとき継之助は左膝下に流れ弾を受けて歩行困難となった。長岡城が再び敵の手に落ちたため継之助は会津領の叶津村まで脱出したとのこと。
「目下、ご家老は村医の矢沢宗益宅にて養生しています」と聞かされ、わしは身支度をしてから長岡藩主がさしむけた肩輿に乗って叶津村をめざした。
「このようなむさ苦しい所へよくぞお越しなされた」
河井殿は臥床したままわしに言った。
頰がやつれ眼窩は落ち窪んでいたものの、眼光は威厳にみち尋常ならぬ武人と察せられた。
左脚を診ると脛骨結節が粉砕して傷口から膿汁が滴り悪臭を放つ。
敗血症の恐れがあり、早急に下肢切断を要すると判じた。だが、日新館まで移送するには衰弱がはなはだしい。
わしは酒精で丹念に傷口の洗浄をくりかえし、そのあと患部を綿布で被って包帯を巻いた。
手当てを終えて河井殿に話した。
「病状が落着いたならば会津の病院に移られてはいかがであろう」
「そうさせて頂こう」
と答えた河井殿だが、首をあげて肯くのがやっとだった。あまり長く話していては容態に差し障る。
「それでは、お大事に」
わしがそう告げると、河井殿は土気色の顔に深い感謝の念を泛べた。
「天下の名医に診て頂き、もはや心残りはござらぬ」
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