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【識者の眼】「パンデミックの海で⑤─眠れない夜を過ごす」櫻井 滋

No.5171 (2023年06月03日発行) P.59

櫻井 滋 (東八幡平病院危機管理担当顧問)

登録日: 2023-05-25

最終更新日: 2023-05-25

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私たちは予備調査の目的※1で乗船したものの、船には必須の、ある作業を理由に船内で一夜を過ごさざるをえない状況となる。その作業とは、多数の乗客、乗務員が乗り込む船で生じる膨大な生活排水を外洋で処理しなければならないとのことで、私たちはやむなく房総沖に向かう船上で夜を明かした。

出港後、私たちは流行曲線や感染者ベッドマップの把握、乗務員や船医からの聞き取りなど、アウトブレイク調査の定石を踏もうと試みた。

しかし、検疫検査はなお途上であり、船上で即時に検査結果を得ることは困難で、乗務員の多くは外国人で聞き取りにも制約があった。ともあれ、互いに危うい英語や日本語のやり取りから判明したことは、船会社の指示は、乗務員全員がそれまで着用経験のないN95を装着し、米国の基準に基づく船内の衛生管理手順に準拠しつつ作業を続けよ─というものであった。

それゆえ、濃厚接触者かもしれない乗務員も通常勤務を続けていた。次に聞き取りの結果に基づいて、船内の各所をラウンド※2し、感染制御上の問題点を洗い出す作業を行った。

船内で眼にする、乗務員の感染対策に関する知識や個人防護具(PPE)の装着状況は不完全で、手指衛生に至ってはほとんど無効と思われるレベルにあった。仮にウイルスが純粋に空気感染性であるなら、発症者と同一空間や気流の下流に感染者が分布するはずであるが、必ずしも一致しなかった。おそらく基本は飛沫感染であり、付着した飛沫の接触による伝播も加味されている蓋然性が高かった。

夜半まで対策を検討していた私たちにベッドが与えられ、同僚と共に船室に向かった。美しくベッドメークされたその部屋にはホテル同様のこぎれいな調度品が備えつけられていたが、狭いシャワー室の清掃は不完全に見えた。各種スイッチ、船内電話やテレビのリモコンのような高頻度接触面やリネンの清潔さを確かめる術はなかったが、ふと当直室の枕カバーの共有から医師にインフルエンザが広がったという事例報告が頭をかすめた。持参した不織布ガウンを枕に被せて着衣のまま横になったが、熟睡など望むべくもなかった。

翌朝、PPE使用や検体採取時の行動ルールを統一し、特に対策が不十分だった間接的接触予防(手指衛生)の強化指導を提案し、船外からの資材調達を提言した。衛生管理マニュアルや船会社の指示内容は概ね妥当だったが、実態とは乖離していたのである。(続く)


※1 災害時感染制御支援チーム(DICT)には本体活動の前に予備調査チーム(Pre-DICT)を派遣する規定がある

※2 感染制御チームラウンド(ICT回診、現地実施状況確認)

櫻井 滋(東八幡平病院危機管理担当顧問)[新型コロナウイルス感染症][ダイヤモンド・プリンセス号]

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